書に耽る猿たち

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『完全犯罪の恋』田中慎弥|文学を通した共犯関係

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『完全犯罪の恋』田中慎弥

講談社講談社文庫] 2022.12.17読了

 

田中慎弥さんの書くものが好きだが、同時に彼自身にもとても興味をそそられる。私生活はどんな風だろう、どんな人を恋愛対象にするんだろう。彼の思考と文章があれば好みの女性を一発で落とせそうだけれど…。とは思うけど、田中さんが好きになる女性が文学好きとは限らないか。

もそも、彼が恋愛に溺れている姿は想像できない。だから、初めての恋愛小説ということで興味津々で読んだのだ。フィクションではあるけど、こと恋愛小説に限っては自分の体験が多少は影響されているのではないかと。

家である40代後半の独身男性の田中の元に、ある若い女性が現れる。彼女は、高校生の時に田中が交際していた女性・緑(みどり)の娘・静(しずか)だという。目元がかつて愛した人に似ているからか、会ううちに田中は静に特別な感情を持つようになる。田中は高校生の頃の淡い体験を回想する。そこには常に文学があった。田中が愛しているのは、緑なのか、緑を投影した静なのか、はては自分と同じく文学に傾倒している相手だからなのか。

も小さい頃から本が好きだったが、学生の時はどうだったかというと、部活やバイトに明け暮れていてそんなに読んでいなかった。だから、田中や静のように、図書館に入り浸るという生活をしてはいない。本の素晴らしい世界に学生の頃から魅了されていたらどうなっていただろう。そこで自分と同じような人を見つけたら。大人以上に本の会話を友人とすることは滅多にない中で、特別な存在となるに違いない。

きな作家がいるからとて、その作家と同じ死に方をする(しろ)とはまた突拍子もない。でもこの作品の中では「死」に対して、小説家と一体化したものとみなしている。小説で未来永劫に一番のテーマになる「死」に対して、恋愛を絡めて攻めている。

中と緑、または田中と静の掛け合いも興味深かった(方言がまた良い)が、何より私は田中が地元・下関で講演をする場面が印象に残った。最後に田中は、高校生の時の恋愛に30年かけてようやく決着をつけたように思える。

ーん、やはり田中さんの書く文体は好きだなぁ。理屈っぽさ満載の、しかし過激な描写と穏やかさがないまぜになった刺激的な心地よさ。正統派の純文学作家としてこれからも書き続けてほしい。もし万人受けする小説に転向してしまったら田中さんの良さがなくなってしまう。田中さんといえば芥川賞受賞時の会見のイメージだ。先日第168回芥川賞候補作が発表されたけど、知った作家は2人だけだったなぁ。

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