書に耽る猿たち

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『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ|読み終えてから押し寄せる余韻

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『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ 土屋政雄/訳

東京創元社[創元文芸文庫] 2024.02.06読了

 

イトルだけ見ても気付かないかもしれないが、これはあの有名な映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作である。私は実は映画を観ていない(あんなに名作と言われているのに何故観ていないんだろう…)。単純な恋愛映画だと思っていたのが、原作を読むと一筋縄ではいかない多重的な作品であった。

 

二次世界大戦が終わる頃、イタリアのある廃墟にハナという若い看護師と、全身に火傷を負った名もない謎の男性患者がいた。そこに、かつてハナの父親と親しかった元泥棒のカラバッジョと、爆弾処理班の工兵シンが加わる。謎の男こそが、このタイトルになっている「イギリス人の患者」なのだ。

 

争を経験してきた4人は、過去をたゆたうように語り合う。視点や時空がどんどん切り替わり、ストーリーがわかりづらい部分もあるが、幾重にも重なる重層的な連なりが神秘さを増し、美しく魅惑的な世界が広がるかのよう。

 

れ、どうやって映画にしたんだろうと不思議に思った。映画での恋愛は、ハナと患者、またはハナとシンの関係かと思っていたら、実際の映画脚本は原作とかなり違っていて、イギリス人患者とキャサリンの物語であるという。おそらく、映画と原作は別物として捉えた方がよさそうだ。

 

の廃墟にいる人たちは、戦果を通り抜けてきたのに人間らしさがあり、それが親しみを感じさせる。カラバッジョは、泥棒をしている最中でも人間的な事柄に強く惹かれる。ペットから歓迎されるほど。シンはかつて実験班に応募して合格した時、サフォーク卿とモーデンに快く迎え入れられてイギリス人を好きになっていった。

 

国で最も権威のある文学賞ブッカー賞である。そのブッカー賞が生まれて50年記念となる2018年に、ブッカー賞の頂点を決める催しがあったそうで、それにこの『イギリス人の患者』が選ばれたとのこと。キングオブブッカー賞なんて、それだけでもう快挙喝采。日本人では選ばないであろう、言ってみればノーベル文学賞の選考に挙がりそうな作品かな。

 

者のマイケル・オンダーチェスリランカ生まれでカナダ国籍を持つ。一文が短く、詩的で美しい文体は、アンナ・カヴァンヴァージニア・ウルフを思わせる。一読しただけではわかりにくさはあるものの、まるでカズオ・イシグロの作品のように、深い余韻と味わいをもたらす。私自身も読んでいる最中よりも読み終えてしばらくしてからのほうが、残響を味わえた。