書に耽る猿たち

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『東京都同情塔』九段理江|時代の先端を突き進む

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『東京都同情塔』九段理江

新潮社 2024.02.11読了

 

んて端切れの良いスカッとするラストなんだろう。たいてい芥川賞受賞作を読み終えたときは「ふぅん」「そうかぁ」「上手い文章で良いものを読んだとはわかるけど、イマイチ何を伝えたかったのかわからない」みたいな感想になることが多い。しかしこの作品はわかりやすかった。時代の先端を突き進んでいて、鋭さと新しさが物語に共存する。

 

称「東京都同情塔」を建築することになる38歳の牧名沙羅(まきなさら)、美しい容姿から牧名に声をかけられた高級ブティック店員22歳の拓人、そしてジャーナリストのマックス・クライン、3人が入れ替わり語り手となる。マックス・クライン、マックス・クライン…?なんか聞いたことあるなと思っていたら、、『スクイズ・プレー』の主人公なのさ。これは九段さん、わざとですよね?

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イプ犯や殺人犯が幸せに暮らす目的で作られることになった「シンパシータワートウキョウ」は、人々は皆平等であるべきという考えから生まれている。罪を犯した犯罪者に同情するわけではく、生まれや育ちなどのバックグラウンドをまずは理解しようという意味。幸福のベースになる特権を持っているかどうかというのが根底にあるという考え方だ。性的マイノリティを差別しないのと同じで、あらゆる差別をなくしていこうということなのだろうか。

 

作中に出てくる幸福学者の祝辞に耳を傾けてみる。

「言葉は、他者と自分を幸福にするためにのみ、使用しなければなりません。(中略)かつて私たちは、言葉を十全に使いこなし、言葉を平和や相互理解のために、大いに役立ててきたのです。しかし今となっては、言葉は私たちの世界をばらばらにする一方です。勝手な感性で言葉を濫用し、捏造し、拡大し、排除した、その当然の帰結として、互いの言っていることがわからなくなりました。」(115頁)

昨今のSNSによる誹謗中傷。しかしこの作品はそのことに警笛を鳴らしているだけではない。言語、言葉の持つ力、そして思考と行動について、言葉や思想が狂気になり得ることを説く。そのくせこれらの手段はとても重要で、なくすことはあり得ないとも伝えている。言語こそが人間たらしめている所以であるかのように。

 

月発表された第170回芥川賞受賞作である。2年前に同賞の候補作として選ばれた『schoolgirl』を読んだ時にも才能の片鱗を感じたが、あれからわずか2年なのに格段にレベルが高くなっている印象を受けた。

 

川賞に作品のおもしろさを求めてはいないし、そういう作品が選ばれることはないとわかっていたが、個人的にはなかなか興味深く読めたし好きな作品である。九段さんが次にどんなものを書くのか楽しみだ。

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