書に耽る猿たち

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『光のない海』 白石一文 / 作中の舞台を感じたい

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『光のない海』 白石一文

集英社文庫  2019.2.6読了

 

白石さんは作中の舞台である地域を表現することがすこぶる上手だと思う。目に見える風景だけでなく、その地域ならではの料理であったり、そこに住む人達であったり。おそらく、小説を書く前に、自分でその地域に出向き、身体で感じることを大事にしているのだと思う。去年読んだ『一億円のさようなら』では、読んでいるだけでも舞台である金沢にいるかのような気持ちにさせてくれた。

しかしである。今回の小説ではその辺りの表現が乏しく感じられた。もしかしたら、今住んでいるのが関東圏(なのかは不明だが)だからか、自分の中で慣れ親しんだ街のため表現が薄くなっているのかもしれない。

この小説は、入り婿の形で会社を継ぎ、約10年社長を勤めている老境に差し掛かる手前の男性の話である。過去の愛人関係や結婚を振り返りながら、現在に生きる人達との触れ合いが描かれている。白石さんが得意とする壮年男性の心理を細やかに表現しており、さらさらとした綺麗な文章でエンドロールまで向かう。

私が思う白石さんの全盛期、『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』の時のような心にザクザクと踏み込む白石さんの文章がまた読みたいな、と思ってしまうのは私だけだろうか。