書に耽る猿たち

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『MISSING 失われているもの』村上龍/3本の光の束、陰の世界観

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『MISSING  失われているもの』村上龍

新潮社   2020.4.3読了

 

れはなんといったらよいのだろう。小説と謳われているが、半分私小説か自伝のようだ。現在の村上龍さんの心持ちが強く表現されているように思う。

50代後半になり、不安を抱えた主人公が、幻覚を見たり聴いたり多くの夢を見たりして、心療内科に通うところから物語が始まる。内科医は精神を病んでいるわけではなく、強靭さが生む不安があるのだと言う。

の小説では「3本の光の束」が鍵となっている。3本の光の束とは、おそらくこの世、あの世、そしてその2つの世界を行き来できる曖昧な場所。私はそんなふうに感じた。母親と生前分かち合えなかった後悔みたいなものが、主人公の妄想や幻想となって現れたのかもしれない。2人の距離を縮めるかのように。

母親の語る言葉で心に残るものがあった。

花がきれいだと思えるときは、どんなに不安があっても、精神が病んでいるということはないんだよ(195頁)

当にそうなのかもしれない。花を愛でる心があれば、季節を肌で感じることができれば、生きているという証だ。咲き誇る花、満開の桜を見ても何とも感じなくなったら、自分を浄化してあげなくてはならないのかもしれない。

り合いに、耳の近くに小さな穴(まるでピアスの穴のよう)がある人がいる。その人は産まれた時からあるから、自分なりのしるしと感じていて、心なしか自慢げだった。これは耳瘻孔(じろうこう)といって魚類が持つエラの名残りらしい。こんなものが人にあるなんて面白い。こういった小さな謎が本の中で明らかにされることが結構楽しい。

未来的な香りがするいつもの村上龍さんの小説とは全く異なる。白石一文さんが描く内向的な哲学めいた小説に少し似ているように思う。決して駄作なわけではないのだが、村上龍さんの外へ外へと発するエネルギーを欲して読むと、がっかりするかもしれない。いつもは陽のイメージだが、今回は陰のイメージだ。私は『歌うクジラ』や『オールドテロリスト』のような作品のほうが好きだなぁ。