書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『黙約』 ドナ・タート / 人の気持ちは変わるけれど変わらない

f:id:honzaru:20190228005702j:image

『黙約』 上下    ドナ・タート  吉浦澄子/訳  ★★★

新潮文庫  2019.3.2 読了

 

んでいる間は勿論のこと、読み終えた後しばらくの間も興奮が冷めやらないほど、久しぶりに夢中になれる本に出会えた。1月に『村上さんのところ』を読んで村上春樹さんがドナ・タートさんを絶賛していたため、まずは文庫本で気軽に手に入る『黙約』を読むことに。

る大学に編入した主人公リチャードは、古代ギリシアを学ぶ教室に入るがそこで事件に巻き込まれていくというストーリー。数年後のリチャード自身が過去の事件を回想している。ストーリーもさることながら、構成も素晴らしかった。上巻を読み終えた時に鳥肌がたちぞくぞくしたことを覚えている。そして登場人物が丹念に描かれている。誰にも共感しにくいのだが十分な魅力が備わっている人物ばかりで、この人になら悪事だとわかっていてもついていってしまうと思わせるような感じ。「誰が殺したか、どうやって殺したのか」を探るミステリーは今ではもう古くなっており(誰しもがはまる時期はあるが)、人の深層心理に焦点をおいたものに読者は魅かれる。そしてそれが普段の生活ではまず経験しないことであればなお、人は背筋をヒヤリとさせられるのだろう。

これは、エピローグに出てくるチャールズの思い。少し響いたので引用する(ネタバレはありません)。

本当に年をとった。もはや私が恋に落ちたキラキラ輝く瞳の少女の面影はどこにもなかったけれど、美しさに変りはなかった。欲望をかき立てる美しさではなく、心を引き裂かずにはおかない美しさ。(下巻516頁)

人が「美しい」と感じるのはそのもの見た目の美しさだけではなく、過去の出来事や自分の気持ちによって感じ方が大きく変わる。「美しい」だけではなく、「おいしい」「悲しい」「楽しい」等全ての感情がそうだろう。この小説の中で、事故の前後で人の気持ちや感情がこれだけ変わるのかということに驚かされたが、変わらないものもあるのだ。たとえ感じ方が変わったとしても。

れにしても、これを20代で書き上げることがあり得ない。ピューリッツアー賞を受賞した『ゴールドフィンチ』はこれよりもすごいんでしょう?10年に一冊のペースという寡作らしいが、現代を生きる小説家では多分5本の指に入るのではないだろうか。村上さんが自ら訳したマイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』も心震えたが、ドナ・タートさんのことも村上さんのおかげで知ることが出来た。国内の作家については影響が大きすぎるため書評をしないようだが、海外作品についてはエッセイ等でいくつか触れている。それでもまだまだ海外の小説を手にする人が少なく本当に勿体ない。そしてドナ・タートさんは日本でもっと有名になってもおかしくないと思う。

今週は仕事も忙しく正直本を読む時間が限られていたのだけれど、通勤電車、朝カフェとランチ、就寝前の時間を惜しみなく使って最高なひと時だった。もうそれだけで嬉しくて、そしてこんなにも簡単に私は幸せを感じられることにもまた幸福感ひとしお。

 

honzaru.hatenablog.com