書に耽る猿たち

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『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー|孤高の私立探偵マーロウ|ハードボイルドであり文学的傑作

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ロング・グッドバイレイモンド・チャンドラー 村上春樹/訳 ★

ハヤカワ文庫 2021.2.26読了

 

れは素晴らしい。とんでもない名作だ。最初の数頁を読んだだけで文体に引き込まれる。探偵が登場するハードボイルド小説、という枠組みを超えて、世界で最も秀でた文学作品のひとつと言える。私が言わなくても既に自明のことではあるのだが。未読の方は是非読んで欲しい。

ちろん、フィリップ・マーロウの存在自体のかっこよさは言わずもがなだ。女性も男性も憧れる孤高の私立探偵。彼のタフさ、独特の哲学と優しさ、まとう雰囲気。なんならマーロウの珈琲の入れ方ひとつとっても非常に心を打たれるものがある。出来ることならこんな風に生きてみたいと思う憧れの人間像がマーロウなのだ。

れにしても、好きな登場人物が始まってすぐに物語から姿を消すのは残念なことだ。それがマーロウの友人テリー・レノックス。2人はひょんなことから出会い何度か酒を交わし仲良くなるが、テリーは妻の殺害容疑をかけられて自ら命を絶ってしまう。そんなテリーの謎めいた存在を巡るミステリー。このテリーがまたマーロウと引けを取らないほど魅力的なのだ。

うに、チャンドラーさんの人間の書き方が本当に群を抜いている。どの人物をとってもまるでその人が目の前にいるかのように想像できる。会話もユニークでマーロウと軽口を叩き合う場面はこちらもニヤリとしてしまう。ストーリーがそもそもおもしろいのに、文体自体が味わいがあるためどの場面もじっくり文章と向き合いたくなる。

んでいる間はずっと哀愁が漂っていた。この荒んだ街と警察組織の薄汚れた関係性が浮き彫りになっているからなのか、または人間の性(さが)というものが小説から立ち昇ってくるのか。本を読んで作品に没頭し、身も心もその作品の色や香りに染まることは至福の読書時間となる。

はこの作品を読むのは2回目である。もう随分前、最初に読んだのは『長いお別れ』というタイトルだったから、清水俊二さん訳のものだったはず。その時は、ザ・ハードボイルドといった印象しかなく今回ほど感動しなかった。おそらくまだ自身の読書の経験が不足しており、また本に向き合う姿勢も今とは異なっていたのだろう。

回の作品は村上春樹さんが訳したものだ。清水さん訳は一部省略されているところもあるが、村上さんは原文に忠実に訳したようで、清水さん訳の文庫本の3割増ほどの厚さがある。なんといっても村上さんの解説が長い、長い!解説を読むだけで作品やチャンドラーさんの理解度が深まり、村上さんのチャンドラー愛が相当なものだとうかがえる。同じハヤカワ文庫で2種類の訳が存在しどちらも売れていることから、愛読家が多いことがわかる。

みながらひたすらプリンを欲していた。関東にお住まいの方はご存知かもしれないが、横須賀にプリンで有名な「マーロウ」というお店がある。ビーカーに入った濃厚なプリンが美味しい。なんといってもマーロウのイラスト入り。きっと創業者もまた、フィリップ・マーロウの虜になった1人なのだろう。

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