書に耽る猿たち

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『杏っ子』室生犀星|親子でありながら、友達、恋人、同志のような関係性

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杏っ子(あんずっこ)』室生犀星

新潮社[新潮文庫] 2022.8.21読了

 

学校か中学校の国語の教科書で室生犀星さんの詩が出てきたのを覚えている。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という書き出しだけで、詩自体の内容は全く覚えていないけど…。詩人、小説家である室生さんだが、思えば小説をちゃんと読んだことがなかった。この機会に自伝的小説と呼ばれている『杏っ子』を手に取った。

生さんの分身であろう平山平四郎と愛娘の杏子(きょうこ・呼び名が杏っ子)の親子の絆を描いた作品である。作中には芥川龍之介菊池寛佐藤春夫大杉栄まで登場し、文壇にいた室生さんを想像しながら読んだ。古い作品だが、新聞小説だったこともありとても読みやすかった。

生児として育てられた平四郎が成長し、大人になり物書きになる。長女杏子と長男平之介という2人の子供を授かる。小説のほとんどが杏子の半生を綴ったものだ。娘の交際について親が前面に登場するなんて、まぁ時代を感じてしまう。携帯電話もない時代、お互いの親が家を行き来して話し合う。なんだかサザエさん的だ。

よりおもしろいのが、杏子は父親のことを「平四郎さん」と呼ぶのだ。まるで長年連れ添った夫婦のように。作品の半分くらい過ぎた頃から、つまり杏子の結婚話が盛り上がる頃から俄然おもしろくなる。

婚してからの亮吉(杏子の夫)の変わりようがひどすぎる。友達だった頃の亮吉は、読んでいて好印象だったのにこうも変わるとは。杏子が亮吉と喧嘩をして飛び出したときも、いの一番に相談するのが父親である平四郎だというのが、なかなかない関係性だと思うが、こんな親子の関係はいいなと思った。親子であると同時に、友達であり、恋人であり、同志のようなかけがえのない関係性。

智慧をしぼって二人の異性がからみあうことろに、人間の生活のおもしろさがあるのさ。(622頁)

平四郎は杏子に、夫婦のことをこんな風に言う。これがこの作品の真をついていると感じた。

 

東京新聞に10か月に渡り連載された。だからか、回ごと(1日分ごと)に題名が付けられているが、一冊の本には必要ないのではと感じた。現代のように本にして刊行する際に加筆修正はしないのが当時の常識だったのかもしれない。

供だった平四郎が突然結婚していたり、杏子が産まれたと思ったら6歳になっていたりと、急に年数が経っている場面が多い。その間の諸々が省略されていて、これだけの大河小説ならば仕方ないのかなとも思うのだが、連載を途中読み忘れていたと勘違いするかもなぁなんて思った。まぁ、新聞小説はそんなにじっくり読むものではないのかな。

載小説は締め切りがこまめにあるから、とりとめもなく書くのだろうか。村上春樹さんは小説を書くときにはどちらかというと構成をしっかり決めずに、書きながら方向性を決めていくと何かで書いていた。室生さんのこの作品も、フィクションというよりも自伝的小説なため、そのままをつらつらと毎日のように書きしたためたのだろう。