書に耽る猿たち

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『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹/誰もが平凡な1人の人間である

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『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹 絵・高妍

文藝春秋 2020.6.5読了

 

上春樹さんの小説やエッセイには、家族のことはほとんど書かれていない。敢えて登場する人と言えば、奥さまだろう。「妻と美味しいワインと料理をたしなむ」なんていうシーンは結構多い。今回の本は、春樹さんのお父様である村上千秋(ちあき)さんを想う気持ちが細波のように寄せては返す、エッセイのような読み物だ。台湾の若手イラストレーター高妍(ガオイェン)さんのどこか懐かしい絵と一緒に楽しめる大人の絵本のようでもある。

祖父さんの名前は村上弁織(べんしき)、伯父さんは村上四明(しめい)、なんてCOOLなんだろう!千秋さんは6人兄弟だったというし、きっと他に名前の出てこない人もクールな名前を与えられたのだろう。名前の誠実さとその由来だけでおかずになる。

「自分の性格がおおむね僧侶に向いていることは本人もわかっていただろう」自分の息子にこんな風に思われるってどんな気持ちなんだろう?結局千秋さんは僧侶にはならず、長男の四明さんがお寺を継ぐ。京都・蹴上(けあげ)にある浄土宗安養寺。蹴上といえば、大好きな南禅寺がある。今度は安養寺にも訪れてみよう。

秋さんが90歳で息を引き取ったとき、闘病生活のために身体は衰弱しても、意識と記憶と言葉だけは最後までしっかりしていたという。やはり、国語の教師だったこと、俳句が好きだったことから、言葉を操りたしなむ、彼らしい幕の閉じ方だったのだろうと思わせる。

を棄てるという行為、当時は当たり前にあったことなのに、春樹さん本人の中では悪いことをしたかのようにずっと消化しきれず、このように父親の記憶と絡めて文章にしたためた。何かの償いとしたように、春樹さんならではの「引き継ぎ」をしたことになるのだろう。千秋さんが戦争体験を春樹さんに語ることで引き継いだように。

そらく春樹さんも言うように、誰もが平凡な家庭の平凡な親から産まれた平凡な1人の人間に過ぎないのだろう。実は人間は誰しも変わらない1つの種子だ。しかし、その来歴を紐解き意識し感謝することが人生の中では大事だったりするわけで、自分の存在を理解し、自らを高めることができるのだと思う。そんなことを考えさせられた。

上春樹さんの短編集が7月18日に刊行されるようだ。短編集としては『女のいない男たち』以来6年ぶりとなる。楽しみだなぁ。

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