『燃える家』 田中慎弥 ★
講談社 2019.5.12 読了
表紙を見て、まるで新潮文庫の三島由紀夫作品のようだと思った。きっとそう感じたのは私だけではないだろう。これだけで、あの重厚で美しい文章を味わえるのかという期待感を持つ。田中慎弥さんの『共喰い』は私にとってはなかなか好みだった。「燃える」から連想するのはやはり「金閣寺」であろう。作中には、三島由紀夫の名前ももちろん登場する。作中に登場する作家で多いのは、ドストエフスキー、トルストイに次いで日本人では三島由紀夫、太宰治だろう。小説の作中に出てくる作品は、私も読みたくなり実際に探すことが多い。
これは「信仰」をテーマとした作品である。自分にとって信じられるもの、意味のあるもの、生とは、性とは何なのかを最後まで問いかけていく。読み終わった時、阿部和重さんの『シンセミア』や『ピストルズ』を彷彿とさせた。阿部和重さんは山形、田中さんは下関を下地にした仮想都市が舞台になっていること、そして、登場人物ほぼ全てがイカレている、変態に近い(普通の人ではない)のである。感情移入する主人公がいないのである、それなのに引き込まれるのは、誰であれイカレた感情が奥深くにあるからだ。そして、この先どうなっていくのか先を知りたい気持ちがより一層高まる。
徹と、徹の唯一の友人相沢、光比古(みつひこ・徹の弟)、女教師山根の視点で語られている。唯一、若さ故か光比古のパートだけは、子供っぽく普通に感じるが、それ以外は圧倒的に尋常でない人たち。特に相沢には最初から狂気と鋭い刃が感じられ、会話文からはその類まれな頭の回転の良さから惹きつけられる。
全編を漂う混沌と暗さが癖になる。そして、炎のように燃えさかる光景と無数の蟹、白粉ババアが目に浮かぶようだ。純文学とは思えない感じでミステリー要素もある。ただ、おそらく作者唯一の大長編のため、若干構成と最後のまとめ方が気になるといったところか。相沢がどうしてあんな風になったのかが明かされていないことも気になる。まだ2冊しか読んでいないが、田中さんの最高傑作であることは間違いないと思う。きっと読者を選ぶだろうが、田中さんにとってはそれでいいはず。ニヤリとしているであろう。