書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ほんのこども』町屋良平|言葉の独り歩き

f:id:honzaru:20211123121548j:image

『ほんのこども』町屋良平

講談社 2021.11.24読了

 

ての小説家にはもちろんのこと、何らかの形で文章を書き、読み、そして言葉を愛する人にとっては、少なからず心に響くものがある小説である。私小説のようなエッセイのような、いや、でもやっぱりこれはフィクションだよなと思いながら、言葉の渦の中に飲み込まれていった。

中で町屋さんは、「おもう(思う)」「かく(書く)」「はなす(話す)」という、文章で表現するために必須の感情や行為をひらがなで示している。小説では、よく漢字を使わずに平仮名を用いて何かの意図を印象付けたり、表現を和らげることが多いが、この作品では他にも何か思惑がありそうだ。

えばタイトルの『ほんのこども』も、「本の」子供なのか、「わずかに」という意味での「ほんの」なのかわからない。もしかしたらこどもは「子供」ではないのかもしれない。なんてことをつらつらと、言葉遊びや想像が好きな読書家の方はこんな空想に耽ることがまた楽しいのだ。読み進めると、「ほん」はまた違う意味もあったと知る。しかも「ほんのこ」でもあるのだ。

つて小学校で同級生だった「あべくん」から散文のようなものをメールでもらった「かれ(作中の町屋良平さん)」は、それをヒントにして自分の文章と融合させて小説を書こうとする。「かれ」と「あべくん」が混在したり、「私」も出てきて一体誰が誰だかわからなくなり、時には小説自体が喋り始めるなんてこともある。

「普通に仲がいい」「フィクションぽく生きている」など、現代風によく使われるけれどいまいち説明不可能なフレーズを浮かび上がらせて問いかける。時代とともに文章や言葉も独り歩きしていて、なおかつこの小説の中で言葉自体が独り歩きし彷徨う。これを私小説と捉えるのならば、小説家は苦しい仕事なんだろうと思う。小説家だけでない、文筆家、文章を生業にしている人にとって、自分の書いたものから自分の真の姿を映し出される怖さがある。

屋さんの小説は、芥川賞を受賞した『1R1分34秒』も、文藝賞を受賞した『青が破れる』も未読で、この作品が初読みである。圧倒的な純文学たるたる文体。町田康さんと田中慎弥さんが合わさったような雰囲気もうかがえる。思考回路がぶっ飛んでいるところもあるが、小説家の頭の中はえてしてこんなものか。保坂和志さんが好みそうだ。以前、保坂さんが推していた作品に少し似ている。

む人を選ぶだろうし、万人におすすめできる作品ではないけれど、読んだ人がどんな感想を持つのかとても興味がある。そもそもこの本はあらすじを説明するのも、感想を伝えるのも、とてつもなく困難である。

honzaru.hatenablog.com