書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『トリニティ』窪美澄|何かを捨ててより良いものを拾って生きる

f:id:honzaru:20210830073717j:image

『トリニティ』窪美澄 ★

新潮文庫 2021.9.1読了

 

リニティとは、キリスト教でいう三位一体のことだ。三角形に表してバランスを保つような図をたまに見るような気がする。昔仕事でトリニティをサブタイトルにした商品を売ったことを思い出した。この作品では、女性の生き方についてトリニティに当たるのは、仕事、結婚、男、子供、夢、何であるのかを問いかけている。

1960年代、ある出版社で出会う3人の女性。売れっ子ライターの登紀子、時代の寵児となるイラストレレーターの妙子、仕事より結婚を選ぶ出版社社員の鈴子。生きる目的も価値観も違う彼女たちが、どう思いどう生きたのか。窪さんの丁寧で細かな描写が存分に発揮され、情景が目の前に鮮やかに浮かび上がるようだ。

はこの小説は、鈴子の孫である奈帆が就職がうまくいかず鬱になりかけていたのを、登紀子から過去の話を聞きだすという設定になっている。昭和を生きた3人の女性が主人公ではあるが、現代パートである奈帆が成長する様からも勇気と希望がもらえる。

1968年10月21日国際反戦デーの日に、新宿でデモ隊が決起集会を行うことになり、妙子、登紀子、鈴子の3人は見物に行く。そこで学生に発砲する機動隊やゲバ棒を持って破壊する学生たちを目にする。騒乱の中危険すれすれのところにいたけれど、大声で思い切り叫び高揚し、キラキラ輝いていた3人。この瞬間に3人の絆が深まったのだろう。

中で登紀子が三島由紀夫批判をする部分がある。この時代に女性がこう発言することすらなかなか難しかったろう。三島由紀夫さんを始めとし、安保闘争全共闘運動、浅間山荘立て籠り事件など、昭和に起きた実際の出来事をなぞるようにして物語は進み彼女たちも歳を重ねる。  

ョルジュ・サンドとショパンの話が出てきたところで平野啓一郎さんの『葬送』を思い出した。平野さんの作品で唯一読みきれず途中で断念したから逆に記憶に残っている。そろそろ再読してみようか。音楽といえば、ベートーベンを題材にしたロマン著『ジャン・クリストフ』も読まないと。

生で全てを手に入れたいといっても、その人にとって何が幸せなんてわからない。なんの不自由もなく人生を謳歌しているように見えても、自ら命を絶つ人もいる。死ぬ間際になって、自らの人生を「良い人生だった」と思うことが出来れば、その人にとって幸せなのだ。

局、全てを手に入れることは難しい。手に入れるためには何かを犠牲にしたり捨てなくてはいけないから。生きていくってそういうことなんだろうと思った。何かを捨てないとより良いものを拾えない。

窪美澄さんの本を始めて読み、その小説は結構軽めというか楽に読めたから、今回もそんな感じだろうと思っていたら、、濃厚な話にかなりどっぷりと浸かってしまった。さすが直木賞候補に選ばれただけあって、骨太な印象を受ける。

験していなくともほとんどの女性が感じることがこの小説には書かれている。共感することも多いだろうし、疑問や反発する人もいるだろう。何にせよ生き方についてじっくり考えさせられる。この小説は事実を元にしたフィクションで、妙子のモデルは大橋歩さんというイラストレーターとのことらしい。なんだか気になる!

honzaru.hatenablog.com