『凍』(いて) トーマス・ベルンハルト 池田信雄/訳
河出書房新社 2019.7.1読了
これで、「いて」と読むらしい。まるで雪の結晶であるかのように、タイトルが凍えている。オーストリアの作家、トーマス・ベルンハルトさんのことは今まで知らなかった。そもそも、オーストリアの小説家って誰を思い浮かべるだろう?全然わからない。ドイツ、フランス、イタリア等取り囲む他のヨーロッパの国々の小説家なら何人かは思い浮かべられるのに。オーストリアといえば、音楽のイメージがほとんどである。
外科医シュトラウホから、弟である画家シュトラウホを観察しそれを報告すること、これが「ぼく」に課せられた任務。ヴェングという村で過ごす27日間の記録である。日記ではないのに、章ではなく、第◯日という区切りで話が進むのが興味深い。
なんというか、小説なのだが哲学書のよう、そして精神分析学のような、狂気のような独特の空気が漂う。毎日散歩をして、画家の取り留めもない話を聞いているだけなのだが、そこには確かな生き様が息づいていて、生を悟った彼の考えがあますことなく散りばめられている。作者の考えそのものなのだろうか。
始めは軽蔑したまなざしだった「ぼく」も、徐々に画家に同調するように、尊敬するようになる。画家の影響力は強い。読んでいる私でさえも、取り憑かれたように話に吸い込まれていく。決して読みづらい部類には入らないのだが、なんだか読みながら途中しんどくなって、読み終わるのに時間がかかってしまった。けれども、私にとって結構好きなタイプの小説である。
オーストリアの小説家の作品は初読みかもしれない。まだまだ世界には素晴らしい小説がたくさんあると思う。日本語に訳されているということは、その国ではベストセラーになっているはずだから、読むに値するだろう。億劫がらず、積極的に読んでみよう。必ず読書の喜びを感じられる作品があるはず。
作中に、ヘンリー・ジェイムズの本が度々出てきたが、何の小説だろう?とかなり気になった。作中で出てくる本、タイトルは書いて欲しい。読者は皆んな気になるはずだから。