書に耽る猿たち

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『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子|豪華すぎる共演を堪能

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『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生能町みね子 ★

交通新聞社 2023.2.16読了

 

華すぎるこの共演!仮に知っている作家が滝口悠生さんだけだったとしても買うだろうけど、乗代雄介さん、温又柔さんもいるなんて。この本の出版元はなんと交通新聞社である。昔、家にあった記憶がある時刻表や雑誌『散歩の達人』を発行している出版社だ。名前の通り交通系、特に電車をとりあげた刊行物が多いのかな。

の本には、鉄道に関する短編小説が5作収められている。電車って、数多の乗り物の中で一番小説に登場するだろうし、本を読むのにも相性がいい。程よいガタンゴトンという振動とともに、本の世界に入る心地良さ。もちろん電車は眠るのにもうってつけ。

 

『犬馬と鎌ヶ谷大仏』乗代雄介

芥川賞候補にもなった『旅する練習』に近い地域密着型ロードノヴェルのような作品。25歳でフリーターの「ぼく」は、飼い犬のペルと一緒に昔懐かしい散歩コースを辿る。かつて学生の頃に発表した地元鎌ヶ谷の研究作品や淡い恋心を想い出しながら。時の経過が切なさを覆う。ペルに話しかけるとペルもそれに答える。こんな風に心を通じ合わせられるなんて、私も犬が飼いたくなった。短編ながら乗代さんの作品で一番好きになったかも。

 

『ぼくと母の国々』温又柔

台湾人の父と母を持つ勇輝は、幼い頃に帰化した。ほとんど日本人として生活してきたが、両親にとっては台湾が帰るべき土地だ。日本人として日本に産まれ、ずっと自国に住んでいると、「国に帰る、帰らない」など考えることはない。でもこうやって母国のこと、名前のこと、言語のことに思いを抱く人は周りにはたくさんいるんだろう。やはり温さんの書くもの、好きだなぁ。しみじみとあったかくて優しい。

 

『行かなかった遊園地と非心霊写真』澤村伊智

実は澤村さんの作品を読んだことがなかったから楽しみにしていた。澤村さんといえばホラー小説のイメージ、この短編も予想に違わず怪談風だ。山田という男性から聞いた、小学生の時に起きた奇怪な出来事を語るという構成。文章自体はとても読みやすいが、ヒヤリとする感覚を覚えさせるのはさすがだ。語り手は澤村というフリー作家であることから、自身の体験に思えるが、さすがに作り話だろう。

 

『反対方向行き』滝口悠生

湘南新宿ラインで宇都宮に行くつもりが、誤って反対方向の小田原行きに乗ってしまった女性、なつめの物語。この作品が5つの短編のなかで一番「電車小説」だと感じた。それもそのはず、電車に揺られた時間が現在進行形で作中まるっと電車の中なのだ。それに、時刻表も出てくる。なつめは、宇都宮に戻ることを諦めて、祖父との暮らしやこれまでの生き方に想いを馳せながら、のんびりと小田原に向かうことにする。

現代はスマホだアプリだと便利な機能がたくさんあるが、電車を乗り間違えたり道に迷ったりしないために本当に必要なのは「乗り間違えたり、迷ったりしないという意志」だという。でも、間違ってしまってもいいしそのおかげで何か得られるものがある。そんな風にいつもの滝口さんらしい柔らかい理屈でこねくりまわす。いつまでも浸っていたい滝口さんの文章、やはり大好きだ。新刊も早く読みたい。

 

『青森トラム』能町みね子

本当は自分は何をしたいか、どう生きたいのかわからない社会人2年目の亜由葉は、仕事を辞めて青森に住む叔母の元を訪れ一緒に生活をする。「自分探し」をしようと、青森の街をトラムに乗って巡る。眩しい世界にいる叔母や、初めて出逢う人たちとの交流を通して、一歩づつ大人になっていく話だ。能町さんの作品は初めて読んだが、なかなか読み心地が良くて、他の作品も読んでみたいと思った。

 

 

いうことで、短篇ながらも全て味わい深く心穏やかになる良い作品だったので、簡単ではあるが全てを紹介した。現代日本の気鋭の作家さんたちばかりだ。10年後には名だたる文学賞の選考委員をしてそう。改めて、この本を編集した交通新聞社の文芸担当の方には、本当に素敵な仕事をしたと感謝したい。

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