『モーリス』E・M・フォースター
光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.4.26読了
先月読んだ『インドへの道』が思いのほか好みだったので、フォースターの代表作のひとつである『モーリス』を読んだ。当時の英国では同性愛は禁じられていたため、執筆した当時は発表できず、フォースターの死後に刊行された小説である。イギリスではなんと1967年まで(つい最近までということに驚く!)同性愛は犯罪だったのだ。
(以下、小説の内容に多少触れるため、気になる方はご注意ください。しかしこの小説はストーリーを知っていても、読書の楽しみを損なうことはありません。)
小説の主人公はタイトル通り、モーリス。大学で知り合い愛し合ったクライヴに裏切られたモーリスの苦悩が読んでいて痛ましい。悩み抜いたモーリスは、怯えながらも医師に告白をする。「ぼくは、口にするのも憚られる、オスカー・ワイルドの仲間なのです」
『ドリアン・グレイの肖像』や『サロメ』などの名作を残したオスカー・ワイルドは同性愛を理由に逮捕・投獄された小説家である。現代は国によっては同性婚も認められているが、かつては犯罪とされていた国が多かった。口に出すことは自らが罪を犯していると認めること。生きる時代を間違えただけで、こんなにも苦しさを強いられるとは。そして、遠距離恋愛や不倫などと同じで、手に届かないものを欲するという環境が余計に2人を燃え上がらせることになる。
モーリス以外に、クライヴとマックスという2人の男性が登場する。3人ともが同性愛者であるなか、どのような関係性が進行していくのか、何をもって生きる上で幸せとといえるのか。作中に数人の女性は登場するもののほぼ血縁者であるため、そもそもが男性しか登場しない小説である。
ラストはモーリスにとってはハッピーエンドだ。犯罪者が犯罪者のまま終わりを遂げるというラスト故に社会はこの作品を許さなかったが、もし刊行されていたら、どれだけの人が救われてどれだけの人がこの良質な文学作品を手にできたろうか。
ただ、クライヴにとっては決して幸せとは思えないラストである。本当はクライヴもモーリスと同じ道を歩みたかったのではないだろうか。この先、自分の感情を締め殺して生きていくことの困難さ。
先日読んだ『インドへの道』が難解だったからか、この『モーリス』はとても読みやすかった。フォースター作品は、読み終えた後に深い余韻を残すのだと改めてわかった。読んでいる間、興奮するとか続きが気になるとかはないのだけど、しみじみと感慨深い名作だと思わせる、消えないしこりのようなものがある。
国内の作品だとまた異なる印象をもつことがあるが、海外の作品で同性愛を描いた小説は美しさがより際立つ気がする。ハイスミスの『キャロル』や、映画では『ブロークバック・マウンテン』なんて美しさの真骨頂だ。純真無垢で壊れやすい、だから儚く美しい。人を愛するということはかくもシンプルなことなのか。