書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン|美的快楽である文学から生まれた

f:id:honzaru:20230505095216j:image

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン 望月哲夫/訳

国書刊行会 2023.5.1読了

 

の本の佇まいからもう不穏な空気が漂っている。豊崎由美さんによる帯のコメントしかり。国書刊行会創業50周年の記念に新装版として堂々刊行された本だ。数年前から気になりすぎていたソローキン、まだ未読だったので、ようやっと読めて満足。満足感というよりも達成感というべきか。

 

るべく感想を読まないようにしてはいるものの、色々なところで書評を目にしてしまう。衝撃のラストだとかなんとなく予想はしていたけれど、確かに驚きの展開、構成、文体はあるものの、この小説の醍醐味は、ソローキンが奏でるロシアの田舎町の豊潤な風景描写と、登場人物の生き生きとした感情露わな営みにあるのだと思う。

 

景描写が美しいのは、画家を目指すロマンが風景画を好んで描いていることにも象徴される。ロマンがひときわ好きな画家がロシアの風景画家レヴィタンだという。レヴィタンという画家のことは知らなかったが、ググってみると川面に映された雄大な景色が印象的な画だった。ソローキン自身も画家、ブックデザイナーだったらしい。

 

マンが、田舎町クルトイ・ヤールの自然に戯れる場面、狩りを楽しむ姿、百姓たちとの会話、ヤマドリダケを採るエピソード、そんなひとときが素晴らしい文学性を生む。青春を懐かしみ、郷愁を感じる気持ちをこのように表現する。

なぜわれわれは過ぎ去った一瞬一瞬をこんなにも惜しむのだろうか?(中略)われわれは若い肉体を惜しむのではなく、世界に対する無知を惜しむのだ。なぜなら無知の中にあってこそ、人間は純真無垢でいられるからだ。天国とは無知であり、そして無知こそ永遠の若さなのだ。(316頁)

 

マンは3年間都市で弁護士をしていたが、画家になるという第二の人生を歩むために生まれ育った田舎に帰ってきた。叔父のアントン、ピョートル教授、村の医者であるアンドレイなど、親しくしていた人たちと接するうちに、田舎の、自然を相手に生きることに価値と幸せを見出す。かつて愛したゾーヤとはうまくいかなくなるが、人生を変える女性と出会う。全体の四分の一ほどの第一部が終わり、第二部に入ってからもしばらくはとんとんとのんびりとした穏やかさで話が進むが、ある場面を境にしてこの小説に凄みと恐ろしさが増してくるのだ。

 

れにしても、、最初からわかっていても衝撃的な展開。これ、全ての字面を追うことがもはや出来ない。というか全部しっかり読んでいる人はごく少数ではないか。目もチカチカして疲れるしなんだか吐きそうになる。なんにせよ、こんな小説は読んだことがない。ロマンは何故こうなってしまったのか、ソローキンは何を言いたかったのか。文学という世界でしかこれは創れなかった。

 

者ソローキン氏はいわずもがな現代ロシア作家のモンスターとの異名がある。Wikipediaによると、東京外国語大学で講師を勤めていた過去があり、日本にも馴染みがあるようだ。さて、、ずっと読みたかったソローキンだけど、疲れ果てたのが正直なところ。決して読みにくいわけではない、むしろロシア文学の中では読みやすい。一生忘れられないこの読書体験、これだけでもう、読んだ価値はあるんだろうな。彼にとって文学とは「美的快楽」であるらしい。なるほどなぁ。