KADOKAWA[角川文庫] 2023.2.5読了
最近のテレビはおもしろくないから、ニュースとスポーツしかほぼ見ていない。たまに未解決事件かなんかのドキュメント番組をがあると、ついつい見てしまうことがある。先日も福田和子の再現ドラマみたいなのをやっていた。この作品を読むきっかけも、昨年末にNHKでやっていた番組を最後の15分ほどちらっと観て、気になってしまったからだ。
帝銀事件のことは詳しくは知らなかったので、とても興味深く読み進めた。昭和初期の頃だったから初動捜査や現場保存が杜撰で、今であれば「うせやろ」と思うところが多いが、昔はこんなだったのだろう。
まるでドキュメンタリーのようで事実と証言が淡々と連ねられている。『日本の黒い霧』を以前読んだときの読後感を思い出した。いつもの清張さんの小説と違って人の心理を炙り出す描写がほとんどない。
一枚の名刺が手掛かりとなり、テンペラ画家平沢貞通が逮捕された。そもそもテンペラ画ってどんなものだろうと思って調べたところ、中世イタリアで始まり、卵と顔料を混ぜた絵の具で描くようだ。よく見る絵画(ボッティチェリなど)が出てきたので、まあ有名な技法のようだ。この残忍な犯行に及んだ犯人は本当に画家平沢なのか―。
確かに16人に毒薬を飲ませ、直ちに12人を死に至らせるというのは、生半端な知識や経験では不可能だ。「テンペラ画家である平沢と毒薬知識の豊富な犯人との結びつきが弱い」から、犯人は平沢だとはピンとこない人が多い。これが今でもなお未解決事件と言われる所以である。
アリバイや証拠探しに重点を置いているが、動機などもっと心理的側面に言及して欲しい気持ちがある。これが小説とは違う点か。いや、あくまでも冠に「小説」とあるから小説なのだが、私には小説とドキュメンタリーのちょうど間に位置するように思える。
清張氏は、平沢画家が警察の網にかかり犯人にされていく過程、犯人像に意図的に近づけられていく恐ろしさを協調している。冤罪なのか、または、警察が途中から口を閉ざした軍関係に絡んでいるのか―。もはや、帝銀事件の真相は藪の中である。現代であればこんな犯罪は起こり得ない、というよりすぐに足がつくであろう。現代の捜査網をかいくぐる犯罪は、もはやサイバー犯罪しかないだろう。