書に耽る猿たち

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『夏物語』 川上未映子 / 人はどのようにして、どのような想いで子どもを産むのか

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『夏物語』 川上未映子  ★★

文藝春秋  2019.8.14読了

 

川賞を受賞した『乳と卵』と繋がっている話のようだ。川上未映子さんの作品を初めて読んだのが『乳と卵』だったので、比較的覚えていた。第一部はほとんど続きといってもいいような感じで、途中に日記が入る構成も、あぁ、こんなだったな、と思い出しながら読み進める。

子の姉、巻子が豊胸手術をしたいと言い出す。何のために?と母親と言葉を交わさない娘の緑子は日記の中で煩悶する。年頃の緑子が疑問に思うことはたくさんある。「なぜ大人は酒を飲むのか」これに対する夏子の言葉が響いた。

もしかしたら、酔ってるあいだは、自分じゃなくなるような感じがするんかもしれん。(中略)人ってずっと自分やろ。生まれてからずっと自分やんか。そのことがしんどくなって(中略)いったん非難しなもうもたへん、みたいなときがあるんかもな。(137頁)

もそんなにお酒は飲めないし、どうして酔っぱらうほど、記憶をなくすほど、次の日に支障をきたすほど飲む人がいるのか正直理解できない。けれど、こんなちょっとした理由なのかもしれないな。自分でなくなるように。

の作品のメインは10年後の第二部である。今度は、夏子が子どもを産みたいと考えるところから。「子どもが欲しい」というとき、人は何を欲しがっているのだろうか。人はどのようにして、どのような想いで、子どもを産むのか。今は女性だから子どもを産んで育てる、とか男性だから外で働く、とかいう概念が大きく変わっている。人それぞれが、自分らしく生きることが出来る現代社会だからこそ、考えなくてはならない問題だと思う。川上さんはそんな思いを色々な角度から問いかけている。異なる立場の登場人物の会話を通して、ドキリとさせられる考えが多く、大人の女性向けの小説なのだが、男性にも、子どもにも読んで欲しいと思う作品である。

上さんは、ほぼ同世代ということもあり、とても共感できる作品を書く人だ。ものすごく面白いストーリーというわけでもないのだが、ゆるやかな大阪弁と流れるような文体が心地よい。何より、ひらがなと漢字の使い分けが絶妙で、それが心に優しい。それでいて真を突いている文章がたくさんあり、私にとって、読みながら心に少しの棘がささり、かつ幸せな感覚になれる数少ない小説家だ。『すべて真夜中の恋人たち』と『ヘブン』が好きだが、今回の『夏物語』がダントツ一番になった。旦那さんである阿部和重さんの作品は最近元気がないような気がする。夫婦どちらの小説も私は大好きだ。こんな最強の夫婦からはどんな子どもが育つのだろう。