『黄色い家』川上未映子 ★★
中央公論新社 2023.4.19読了
遅ればせながら、ようやく読み終えた。いつものことだけど、新刊発売日から間をあけずすぐに購入するくせに、勿体ぶっているのかなんなのか、しばらく放置する。で、ようやく周りのざわざわが一通り落ち着いた頃に読み始める。きっと、村上春樹さんの『街とその不確かな壁』もそうなる気がする。
かつてよく知っていた人の名前がネットニュースに出てきたら。それも、何かの犯罪の容疑者として出てきたら。大学生の時に同級生が捕まったことがあって、その時は驚きはしたものの「あぁ、やっぱりね」という思いもどこかにあった。この小説の主人公花は、記憶から抹消していた黄美子さんとの生活を、鮮明に呼び覚ますことになる。
エンさんが言った「人間は年をとって死ぬけど、金は年をとらないし、死なないからね」という言葉に頭をガツンと殴られる。よく「お金は裏切らない」みたいな表現があるけど、まさにそれと同じ。お金で幸せ度合いは測れないけど、でも、お金がないとある一定の水準に心は満たされず、だからお金は誰だって欲しい。
昭和の終わり頃から平成にかけてを象徴するようなエピソードが散りばめられている。川上未映子さんの年齢に近いからか、生きてきた時間が似ている。世間で起きていたことや流行りなどが連動して思い起こされるから、共感とともに過去を懐かしむように読んだ。X JAPANの hideさんが亡くなった時のことは、当時ヴィジュアル系バンドにハマっていた私にとっては衝撃的な出来事だった。
ヴィヴさんがふふんと笑いながら言ったこの言葉。
世の中は、できるやつがぜんぶやることになってんだから、考えたってしかたないよ。無駄無駄。頭を使えるやつが苦労することになってるんだよ。でもそれでいいじゃんか。(373頁)
確かに、世間では知恵を持った人が余分に働くようになっている。そういう頭のいい人がまた行動力がある人なのだ。エンさんが言う「知恵を絞って体使って自分でつかんだ金をもつと、最初からなんの苦労もなしに金をもってるやつの醜さがよくわかる」という言葉になるほどと思う。頭が良くない人が幸せだと言われるのは、苦しみや苦労自体にそもそも気がつかないからなのだ。
言葉で表現できないものを彼女なりの文章でうまく伝えている。表現できないうやむやな感情を、それなりのいいあんばいの元からある言葉で繋ぎ合わせている。
読みやすすぎる。いつもの未映子さんの小説に比べて、するする、するすると。ひらがなを多用していることもあるが、そうか、そもそも標準語だ。いつもみたいな大阪弁じゃないんだ、これ。本当は、私はあの川上未映子さんの、上品で艶のある大阪弁が好きなんだよな。
ちらっと見たみんなの感想では絶賛されているのに、こんな贅沢なことを書いて叩かれてしまいそうだけれど、、期待値が高すぎたのか、おもしろいにはおもしろいだけど、私は『夏物語』のほうが全然好きだなぁ。
って、本の3分の2くらいまでは思ってた。それなのに、終盤の疾走感、頁をめくる手が止まらなくなった。自然と涙で目の前が滲む。花ちゃんも、黄美子さんも、琴美さんも、蘭も、桃子も、映水(ヨンス)さんも、誰も悪くない。誰にだって優しさがあるんだもん。未映子さん自身とても優しい方だから、本当の悪人を書けないんだと思う。登場人物の誰かを、悪人を憎めないのがまたもどかしくて、それがなんだか胸いっぱいになる。
お金そのものが悪いわけでない。お金に翻弄された人間が悪いわけではない。お金に取り憑かれてしまう人間のなかの「ある部分」が、誰にでもあるだろうその部分が、どうしても人間をこうしてしまうのだ。
読み終えてからしばらく放心してしている。人間のどうしようもない闇と、愛と、ダメさ加減に途方もなくやられる。私は小説をたくさん読んでいるほうで、まぁまぁ感覚が麻痺してるとは思うのだけど、そんな私でもガツンとやられた。絶対に最後まで読んでほしい。