書に耽る猿たち

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『狂王の庭』小池真理子 / 大人のための極上の恋愛小説

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『狂王の庭』小池真理子

角川文庫 2019.8.23読了

 

愛小説である。こういった恋愛ひとすじの小説を読んだのも久しぶりな気がする。10代、20代のころは恋愛小説が好きだったはずなのに、最近は全くそう思わない。若い時は、そもそも現実において「恋愛」が全て、みたいなところがあったからかもしれない。

の作品は一言で表すと、「妹の婚約者との不倫」の話である。それだけ聞くと真昼のメロドラマのようであるが、小池さんが書くと、芳醇で、薔薇の花の棘を思わせる狂気が漂う。姉の杳子(ようこ)は、夫がありながらも、10歳年の離れた妹の美夜(みや)の婚約者との不倫に溺れる。この相手、陣内青爾(せいじ)がまたとんでもない人物なのだ。何を考えているかわからないけれど、他の人にはない魅力がある孤独な男性。彼は莫大な資産を利用して、ヨーロッパ調の広大な庭を造る。イメージとしては、横浜、港の見える丘公園内にある「バラ園」のようなものだろうか(と、勝手に想像している)。噴水や彫像がある、洋館がある。いや、私なら自宅にこんな庭があると思うと落ち着かないけれど・・・

2万坪もある優美な庭園。そんな舞台で繰り広げられる、杳子と青爾の他を寄せ付けない熱量。庭からは"秘密の花園"を彷彿とさせる、隠れているが故の好奇心にそそわれ、そして家政婦や運転手が登場する設定からも、甘美な香りが漂う。誰しもが最後は報われないと、悲劇が起こるだろうとわかっていても、私達は危険な恋の続きを読みたくなる。これほどまでに、1人の人を愛せるのかと、ある種羨望の気持ちを抱きながら。そんな思いにさせる大人のための極上の恋愛小説だった。

池さんの小説は、直木賞受賞作『恋』、島清恋愛文学賞受賞作『欲望』を始めとする、女性目線での恋愛を前面に押し出した作品が多いが、ただの恋愛小説とは違い、ミステリーや学生運動などの要素が含まれることが多い。確かに、唯川恵さんや村山由佳さんのような、「ザ・恋愛小説」とは少し異なる。成熟した美しい女性が主人公であることが多く、何より、美しく流れるような文体が艶めかしい。たまには恋愛小説を読むのもいい。女性であることを見つめ直す機会にもなるような気がする。