書に耽る猿たち

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『ゴールドラッシュ』柳美里 / ある少年の狂気と哀しみ、そして光明

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『ゴールドラッシュ』柳美里   ★

新潮文庫  2019.10.21読了

 

の小説を読むのは2回めで、最初に読んだのは20年近く前になると思う。衝撃を受けたのは覚えていて、それ以来、柳美里さんの作品を気に留めるようになった。衝撃を受けたのに、内容はほとんど忘れてしまっていた。人間の記憶はつくづく当てにならないのだなと改めて感じてしまう。

読んでも古さは全く感じない。全体を通して暗い雰囲気があり、登場人物全てに救いようのなさが感じられる。当時日本を震撼させた、神戸連続児童殺傷事件を彷彿とさせる14歳の少年。主人公には「弓長かずき」という名前が存在するにも関わらず、作中ではずっと「少年」と語られる。固有名詞ではない「少年」と呼ぶことで、得体の知れない恐怖が感じられる。また、誰にでも何処ででも起こりうることを伝えている。

人を犯す、社会を脅かす人物を形成するのは、たいていその人の生まれた境遇、家庭環境によるところが大きい。この作品で他と違うのは、少年は裕福であることだ。しかも、とてつもなく大金持ちで、大金を自由に使え、それに対し何とも思っていない。金銭感覚だけでなく、感情も欠如してしまっている。

本に助けを乞う場面で、他者に救いを求める少年と、助けようとしても助けられない金本との会話が心に残る。14歳の少年に向かって「自分のことを子どもだと思うか、大人だと思うか」と問いかけると、「子どもでも大人でもないに決まってる」と答える少年。金本は「自分を子どもだとはっきり自覚して、大人になるのを待っている人が子ども」であると話す。この難しい年代の心と精神の戸惑いについて、真っ向から問いかけている場面を読み、色々と考えさせられる。

読んでも、刃がつきささるような痛みと同情と哀れみの感情が湧き上がり、そして最後には僅かだが希望を見い出せた。特に、クライマックスの動物園での情景と少年の心情については圧巻である。こんな最後を書ける柳美里さん、素晴らしい。

台は横浜である。今でもなお荒んだ街のイメージがある黄金町、そして豪邸は高級住宅街である山手。私にも土地勘があるからか、なおのこと情景を想像しながら読めた。文庫本の最後にある川村二郎さんの解説が的を得ており、優れた書評だと思った。