書に耽る猿たち

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『JR上野駅公園口』柳美里/光に見つけられますように

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『JR上野駅公園口』柳美里

河出文庫 2020.11.26読了

 

野駅には年に2回ほど訪れる。目的は美術展だ。上野には美術館や博物館が数多くあり、特に全国(美術展については世界)をまわるほどの大きな美術展は上野で開催されることが多い。目的が美術館である以上、私が利用するのはもっぱらJRの公園口だ。そう、この本のタイトルにもなっている公園口。その公園口改札がリニューアルされたのは、今年に入ってからだったと思う。

週、嬉しいニュースが飛び込んできた。アメリカで最も権威のある文学賞のひとつ、全米文学賞翻訳部門に、柳美里さんの『JR上野駅公園口』が選ばれたのだ。柳さんの作品は大好きなので嬉しい。ラッキーなことに、賞の候補に選ばれたときにこの本を購入していた。

賞は必然だったのかもしれない。今読まれるべき作品で、かつ母国語ではなく翻訳で受賞したことにも意味がある気がする。(※ストーリーに大きく触れてはいませんが、予備知識なしで作品を読みたい方は注意してください)

野に住み着いた70代のホームレス男性が主人公。彼は決して豊かとはいえない自分の人生を振り返る。彼の回想と、上野を行き交う多くの人の声がこだまして同時進行する。天皇陛下上野恩賜公園を訪れる準備として、「山狩り」という特別清掃、いわばホームレス排除がされているなんて知らなかった。

光は照らすのではない。

照らすものを見つけるだけだ。(55頁)

を読んでいると、たまに心がざわっとする文章に出会うことがある。この文章を読んだ時がまさにそうだ。そうか、光は自分から照らすものを見つけて、それにスポットを当てるのか。物理的には照明や太陽光がそんなわけはないのだけれど、内面的、心情的にすごくわかる気がする。

的な展開があるわけでもない。むしろ暗くひっそりと、どちらかというと希望を見出せない。それはホームレスの彼に焦点を当てているから。でも、上野を行き交う多くの人々にもそれぞれの人生があり、彼よりももっともっと苦しみ運がないと嘆く人もいるだろう。要は、どんな姿形をしていようと個々の人生はわからないのだ。それでも、誰しもが光に照らされるよう、光に見つけられるようにと願う。

野や浅草は東京の中でも外国人観光客が多く訪れる場所だ。作品が書かれた当時は、柳さんも2回目の東京オリンピックを想像したことだろう。それが2020年がこんな風になってしまうなんて。天皇制や作中に出てくる浄土真宗の教えは、日本が世界に誇るべきもの。これを読んで、またいつの日か落ち着いたら、たくさんの外国人に日本に来てもらい、好きになってほしい。

はり柳美里さんの作品は好き。作品だけでなくて「ゆう・みり」という響きも心地良い。昔書かれたものは、錐(きり)でえぐられるような鋭さを感じる小説が多かったのだけれど、柳さん自身が歳を重ねるにつれ、深みと優しさのようなものが作品に表れてきた気がする。これからも、柳さんの作品は読み続ける。いつか南相馬市の書店「フルハウス」にも行ってみたいなぁ。

honzaru.hatenablog.com

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