書に耽る猿たち

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『この世の春』宮部みゆき/時代ものファンタジー、するりと物語世界へ

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『この世の春』上中下 宮部みゆき

新潮文庫 2019.12.6読了

 

部みゆきさんの小説を読むのは久しぶりである。『小暮写真館』以来か、はたまた、文庫で読んだ『荒神』以来かもしれない。何となく、宮部節を読みたくなり手に取った。

回の小説は時代小説だ。作者生活30年記念とあるけれど、こういった、〇年記念に、とか節目に、と意気込んで書かれるものって何となく期待はずれなものが多い気がする。特に期待はせずに読み始めたら、なんとするりと物語世界に入れたことか。宮部さんは導入部がとても上手いと思う。ひとまず、読者を物語世界に引き込むことが出来るから、ほとんどの人が途中で投げ出すことはないのではないか。

は江戸時代、六代藩主北見重興(きたみしげおき)が主君押込にあい、隠居の身である。そこへ、ひょんなことから仕えることになった各務多紀(かがみたき)。心を閉ざし、時に別の顔を表す重興だが、徐々に打ち解けていく。それと共に、様々な謎が解き明かされていくミステリー仕立てだ。

御繰(たまみくり)やら幽霊やらが出てきたところで、『荒神』を思い出した。憑き物や幽霊は、日本の場合はどうしても時代ものに多い。現代もののホラーは日本では少ない。海外作品だと多いのに。日本独自の着物が幽霊を連想させるからなのか。導入から、するすると物語世界に入れるが、なんとなく話の展開は読めてしまう。だけれども、宮部さんは上手いから読めてしまう。こういう作家ってたまにいる。

むべき登場人物は少ない。既にこの世にいない人物だからだろうか。ほとんどが善の人物である。主人公重興と多紀はもちろんだが、周りを固める人物も、生きる希望に満ち、優しさと強さを兼ね備え非常に味がある。同じ女性として、男勝りで有能な馬喰(ばくろう)、しげが凛々しく格好良いと思う。ハッピーエンドで終わるから、読了後は清涼感がある。私にとっては、もっと毒が欲しいと思えるほどだけど。

の小説は、時代ものファンタジーと言える。まず、時代ものと身構えずに読むことが出来るのでとても読みやすい。司馬遼太郎作品や吉川英治作品を読む前は、誰もがまず深呼吸をして、少しは気合を入れるだろう。歴史に精通してる人ならまだしも、現代文に慣れている人にとっては、聴き慣れない単語や言い回し、読めない名前に多少気がひける。ひかし、この作品は現代文かと思える程読みやすい。ストーリーは、まぁ予想通り感はあるのだが、文章の巧みさと流れるような展開。さすが稀代のストーリーテラーだ。時代ものが苦手な人に読んでほしいと思う。