『フリアとシナリオライター』マリオ・バルガス=リョサ 野谷文昭/訳 ★
これがリョサの作品だとは思えないほどポップな青春ものだった。どうやら半自伝的小説とのことで、主人公の名もマリオ(リョサ自身)そのもの。フリアというのは義理の叔母であり恋に落ちた相手。そしてもう1人、ペドロ・ガマーチョという名うてのラジオ作家がいる。
はじめは、マリオのパートと、もう一つ別の人物の物語が同時進行となり交互に描かれているのかと思っていた。しかし、章の終わりも不思議な感じで何かがおかしい。実は〈もう一つの〉というのは、ペドロが創作したシナリオ、つまりラジオ劇場なのだ。そして、どうやらペドロにもリョサ自身を投影しているようであり、この構造がとても興味深く斬新である。
テレビもない時代、ラジオ劇場というものがブームになっていた。つまり、ラジオで小説などを読み聞かせるもの。今でいうオーディオブックみたいなものかなぁ。マリオの祖母によると「何ていうか、生き生きしてるのよ」「この歳になると、読むより聴くほうが楽なのよ」と言う。私もいつか活字を追うのに疲れてしまうのだろうか。子どものころ、人に本を読んでもらったように、高齢になったら誰かの声で物語を聴く、こうして本の読み方も子どもに戻るのだろうか。
18歳のマリオからみて14歳年上のフリアは、離婚を経験している。離婚した人は再婚のときに教会で式を挙げられないのかと知る。この歳の離れた恋愛に親戚一同大反対するのだが、若いマリオからしたら駆け落ちでもなんでもしたい。若さゆえなのか、「この人じゃなきゃダメだ」と思ってまっしぐらに突っ走ってしまうんだよなぁ。あぁ、青春。
ペドロが生み出す物語がいちいちおもしろい。リョサさん、短編もいけるなぁ。製薬会社の若き宣伝部員ルーチョの話、ネズミ撲滅に全人生を捧げるフェデリコの話、どのシナリオも荒唐無稽なんだけれど どうしてこうも人の感情を揺さぶるんだろう。
ポップな喜劇作品とはいえ、リョサの濃密な文体は健在である。軽く読めないところが良い意味でリョサの作品の特徴だ。コメディタッチなんだけれども濃厚で、皮肉が効いていてシニカル。青春真っ盛りの若者が読むよりも、大人が青春を懐かしみながら読むほうが楽しめると思う。
やっぱりリョサ最高におもしろいわ。小難しいものもあり作品によってはだいぶ印象が異なるが、読んだなかでは『楽園への道』と『悪い娘の悪戯』が好きだ。そしてこの作品はその次に好きかも。すごく好みで、ずっと読み続けていたいと思える類の作品だ。