書に耽る猿たち

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『眞晝の海への旅』辻邦生/辻さんが書くとミステリーにならない

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『眞晝(まひる)の海への旅』辻邦生

小学館P+D BOOKS  2019.12.1読了

 

好きな辻さんの文章を味わいたくて手に取る。この作品は、元は新潮文庫にあったようだけれど、今はP+D BOOKSでしか刊行されていないようだ。紙質はいいとは言えないけれど、安価で手に入るので良い。ただ、大型書店に行かないとこのレーベルの本は置いていない。本当は電子書籍にすればいいのだけれど、私はまだ紙の本で読んでいたい派だ。

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れまでに読んだ辻さんの小説とは違った。初期の作品はこんな感じなのだろうか。一番の違いは、すらすらと読みやすいことだ。海と船を愛する若者たちが、船長ベルナールと共に、ブリガンティン型帆船〈大いなる眞晝〉号に乗り込む。そこで起こった悲劇を、日本人である「私」が法廷で陳述するというスタイルである。ところどころで出てくる、「裁判長殿、ならびに陪審員の皆さん。」という掛け声に、あぁ、ここが法廷だったんだ、ということに気付かされ、また、この「私」という語り手に、あなたは一体誰なんだ、信じていいのだろうか、という懸念と共に読み進める。

海原の船の中という、言ってみれば密室のような空間で、惨劇が起こる。辻さんの作品には珍しく、サスペンスの要素がある。しかし、最後まで犯人や動機は読者に委ねられており、どちらかというと心理的な描写が多く、特に船長ベルナールの思想・哲学が展開される場面は辻さんらしい。最後まで、語り手が誰なのかよくわからなかったけれど…。

みやすくはあったのだが、いつもの壮大な歴史が描かれる作品の方が私は好きだなぁ。ミステリーを書こうとしても、辻さんの思想、文章が絡むとミステリーにならなくなってしまう気がする。良い意味で。

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