書に耽る猿たち

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『ムーン・パレス』ポール・オースター/何度も読み返したい本

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『ムーン・パレス』ポール・オースター 柴田元幸/訳   ★★

新潮文庫 2019.12.26読了

 

んて心地良いんだろう。読んでいる時間が愛おしくなる。ポール・オースターの名前はもちろん知っていたが、実はまだ読んだことがなかった。もっと早く読めばよかった!こういった自分に合う作家に出会えた時の瞬間は、本をよく読む人にとってはどんなに喜びに満ちたものか、そして大切なものかわかると思う。

い表紙に月の輪郭がうっすら。この表紙を見ただけでは、この小説がどんなものか予想だに出来ないだろう。叔父を亡くして血縁者がいなくなったマーコは、自暴自棄になり公園で自堕落に過ごすようになる。親友を探している時にキティと出会い、ここから2人の恋愛モードに突入、と思いきやそうではなかった。その後出会う車椅子の盲目の老人トマス・エフィングとの暮らしが待っていた。

固で自己中心的なエフィングとの暮らしの中で、彼が話すことを永遠と(ひたすら話すのだ、何十頁にも渡って)書き留めるシーンが続く。彼は一体何者なのか?何をしたいのか?そんなことを思いながらもマーコは徐々に彼に愛着すら感じるようになる。マーコの物語なのにいつしかエフィングの物語であると錯覚してしまうほどだ。次に登場するバーバーにも言えるが、この小説には何重ものストーリーが重なり合うようにして1つの大演奏がなされているようだ。

ーコにもエフィングにもバーバーにも言えるが、人は何もかもを無くして虚無になって初めて、生きることへの真実を見つけるのかもしれない。「ムーン・パレス」とは中華料理屋さんの名前だと知って思わず笑みがこぼれた。月で始まり月で終わる素敵な物語だ。この小説は、人生で何度か読み返すに値する本だと思う。

上春樹さんが書く小説の雰囲気にとても似ている。ストーリー展開も文体も登場人物も。何よりも漂っている空気感が。「村上さんが書いた本ですよ」と言われたらそのまま信じてしまいそうだ。「好むと好まざるとにかかわらず」なんて、よく村上さんが使うフレーズ。翻訳しているのは柴田元幸さん、訳された日本語も巧みで洗練されている。何よりオースターが持つ空気が滲み出ているようで、さすがである。ただ文章を訳すだけでなく、その人が持つ空気まで訳すのはなかなか出来ないだろう。オースターがアメリカで絶大な人気であるなら、村上春樹さんが流行するのも頷ける。

今年もあと数日で終わるが、来年またじっくり堪能できそうな作家を見つけられて嬉しい限りだ。