『グレート・ギャツビー』フィツジェラルド 野崎孝/訳 ★
新潮文庫 2021.6.13読了
アメリカの小説を読みたくなる時がある。ポール・オースターさんの作品にしようか迷ったが、この本を手に取る。かなり前に村上春樹さん訳の本を読んだけどいまいちピンとこず、その後レオナルド・ディカプリオさん主演の映画『華麗なるギャツビー』を観てようやく理解できた気がした。映画では豪華絢爛な人物たちの衣装や音楽、凛とした佇まいにうっとりとした。
語り手はニック・キャラウェイという30歳の男性。ギャツビーの豪邸の隣人であるニックは、毎夜のように繰り広げられる隣家のパーティーを目にする。彼は一体何者なのか?富と名声を手に入れたギャツビーにはどこか憂いがある。彼は一体どんな謎を秘めているのだろうか。ニックの語りとともに、読者もアメリカ社会の夢と希望、人間の欲望の世界に魅入られていく。
ギャツビーはデイズィという1人の女性のために、自分の人生をかけた。偉大でもなんでもない、実は普通の男性であるギャツビー、大人になっても子供のような純粋さを併せ持つギャツビー。ニックは彼に親しみを覚え尊敬するようになる。ギャツビーの生き方や信念は、孤独だけどかっこいい、なんだか憎めない。
タイトルが『グレート・ギャツビー』、つまり偉大なるギャツビーとなっているのが皮肉さを表しており素晴らしいタイトルだと思う。着飾って鎧をまとっていても、本当の姿はその人をよく知らないとわからない。ギャツビーを通して、ニックの成長をなぞっていくように読むのも興味深い。
村上春樹さんをはじめとして多くの方がこの作品を絶賛しているが、正直なところ、今まではそんなに良さがわからなかった。でも今回読んでみて、アメリカ古典文学の名作たる所以がわかった。なんだか、読んでいるだけで高揚するのだ。
アメリカン・ドリームを描いていながらも人間の弱さを垣間見ている感覚。野崎孝さんの訳がこなれていて好みにぴたりと合ったこともあるだろうが、たぶんある程度歳を重ね、人生経験を積んだ時に読む方がなお味わい深く読めるのだと思う。