書に耽る猿たち

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『ゲームの王国』小川哲/洞察力に優れた登場人物に魅せられる

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『ゲームの王国』上下 小川哲  ★

ハヤカワ文庫 2020.1.1読了

 

つも帯に騙されるから、大きな期待はせずに(でも新聞やネットで絶賛されているから少しだけ期待)いたけれど、本当にすごい才能の方が現れたと私も思った。そもそも私自身、個人的にSFに苦手意識があるのだが、「日本SF大賞」だけでなく「山本周五郎賞」を受賞していているようで、読みやすいのかなと思い読む気になった。

ンボジアが舞台の作品自体初めてだ。ポルポト政権の大虐殺など言葉は知っているが、恥ずかしながら詳しい政治事情には正直疎かった。小説とはいえ、事実を元に作られたフィクションだから、史実ももちろんある。

は、私は7〜8年前にカンボジアに旅行で訪れたことがある。アンコールワットを観るという目的のために。その素晴らしい眺めは勿論のこと、到着した空港がとても素敵だったことを覚えている。しかし、愕然としたのが首都シェムリアップですら物乞いをする子供たちがたくさんいたこと。途上途中の国とはいえ、まだまだ貧困層が多く、今でも子供たちの眼を忘れられない。そんなことを思い出しながら読み始める。

ル・ポトの隠し子の可能性がある聡明な少女ソリヤと、農村ロベーブレソンに生まれた天才児ムイタックが主人公である。私がこの小説を面白いと感じた場面は今でも鮮やかに覚えている。上巻の途中で、ムイタックがクワン(輪ゴムを信仰している少年)に、鬼ごっこで勝つための秘策を話す場面だ。

ワンがどうしても俊足ペンに追いつけないことを話すと、ムイタックは、ペンは鈍足だという。「一度も捕まったことがない」という名声のおかげで不当に勝利しているというのだ。どうせ勝てないから皆ペンを追いかけない、逆に言うと足が遅いと評判になった者が不当に追われ続けるということ。さらに、この世の中の物事も同じで、本当の実力とは関係なしに、周囲と連動して勝手に作られるということ。鮮やかな論証にクワンと共に私も感激した。

イタックは、どうして勝つか負けるか、その仕組みを常に考えている。考えることが楽しいと。ゲームよりもそれが楽しいのだと。この洞察力が小川さんにもあり、それがこの小説を作り出したのだ。ソリヤとムイタックは、真剣ゲームで心を許すようになると思いきや、クメールルージュの陰謀で引き離され、それぞれの道に進む。ソリヤは政治家に、ムイタックは脳専門の教授へ。私がこの本を面白く読めたのはストーリーよりもむしろ登場人物の洞察力とそれを緻密に伝える文章だ。

巻と下巻では印象が異なる。正直上巻ではSFさがあまり感じられなかったのだが、下巻では一気にSF感が満載になる。これも小川さんが仕組んだもの、作品自体がゲームになっているようだ。SFが苦手な人でも楽しく読める作品。誰でもが描けるわけではないと思う。2度めだが、まさに新たな才能のある小説家が現れた気がする。小川さんは、次作の『嘘と正典』が直木賞候補になっている。短編集が受賞することはあまりなさそうだが、彼なら今後数多の賞を受賞するような気がしてならない。

年末から読み始め、今年最初に読み終えた本。今年も良い本にたくさん出逢えますように。