書に耽る猿たち

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『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/読みやすいけどもっとスリルが欲しい

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『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ   酒寄進一/訳

創元推理文庫  2020.3.9読了

 

2012年の翻訳部門本屋大賞1位の短編集で、作者のデビュー作だ。その後も彼の本は何冊か刊行されているのは知っていたが、読むのは初めてだ。11の短編があり、どれも犯罪を取り扱っている。凶悪な犯罪ではなく、むしろ誰にでも起こりそうな罪の数々。作者は刑事弁護士だったことから、実際の犯罪事案から多少は着想を得ているのだろう。

駄なものが削ぎ落とされたような簡潔でスマートな文章だ。さすが、翻訳部門本屋大賞を受賞しているだけあり、とても読みやすい。訳された文章ではないような気さえする。1話がほんの20〜30頁しかないため、ほんの僅かな時間にも読める。

だ、私にはもう少し心理的な描写が欲しいと物足りなく感じた。淡々と罪に至る行為が語られ、最後は語り手(おそらく弁護士であるシーラッハ本人)が自分なりの解釈でまとめてしまう。罪人の心理をもっとえぐり出してほしい。

11話の中で印象に残ったのは、まず『フェーナー氏』である。一生をかけて妻を愛することを誓ったフェーナーが、老齢に差し替かり妻を殺めてしまうのだが、果たしてそうなるまでの経緯は情状酌量の余地はないのか?天秤にかけながら読むことが出来る。

う一つは『ハリネズミ』だ。犯罪者一家の末っ子が、たくみな頭脳で法廷を混乱させ、見事に兄の罪をなかったことにする。そのやり方が鮮やかであり同時に恐怖を覚えてしまう。

らさらと読みやすかった小説といえば、日本翻訳大賞を受賞したジョン・ウィリアム氏の『ストーナー』を思い出した。ゆったりとした優しい時間が流れていたように思う。読みやすさが小説の中身に合っていたのだ。なんとなく、「犯罪」を扱うならば、もっとスリルを味わいたいし、それを期待してしまう自分がいる。