書に耽る猿たち

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『破船』吉村昭|本屋大賞「発掘部門」隠れた名作

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『破船』吉村昭 ★

新潮社[新潮文庫] 2022.4.13読了

 

屋大賞に「発掘部門」なんていつからあったのだろう?国内小説部門と翻訳海外小説部門しか知らなかった。大賞となった国内小説『同志少女よ、敵を撃て』と海外小説『三十の反撃』はたまたま読み終えていたのだが「発掘部門」なるものの存在を知り、受賞作である吉村昭著『破船』を読んだ。吉村昭さんの小説は7〜8年前に『破獄』を読んで以来だ。

作の住む村には、古くから「お船様」という風習(行事)がある。なんだか曰くありげな、もしかしてホラーなのかと疑う。この不気味さは実は終盤までずっと続く。こんな緊張感とぞわぞわした感覚を読者にもたらすとは、それだけで吉村さんの文体のすごさがわかる。この村はどこにあるんだろう、時代はいつなんだろう、子供たちは学校に通わないのだろうか、謎だらけの小さな集落が舞台となる。

間に岩礁で破船した船が、明かりにひきよせらるようにと村人が「塩焼き」をする。そして村人らは船の集荷を奪うのだ。この船の到来を願う催事が「お船様」なのだ。船に乗った人を殺すこともある。要するに、村きっての犯罪である。生きるためにはこの悪事をするしかない。そして、この寒村に徐々に不幸が忍び寄る。

人公の伊作が主語なので「伊作は」で始まる文章が多いが、ところどころで「かれは」となっている。文脈からの繋がりでそうなっているたわけでなく、敢えてそうしている箇所が多く気になる。違和感をずっと持ちながらも、これが筆者の意図する仕掛けかもしれないと思い直す。

後の伊作の気持ちがとても重い。飢えよりも、疫病よりも、家族が離れ離れになることよりも、その時の彼が一番辛いことから目を背けたいという表れであり、読んでいて苦しくなった。

んだろう、このしっとりと胸にじんわりと来る余韻は。私はやはり昭和の文豪が織りなす文章に心を奪われるし、読んでいる時間にただただ満足できる。吉村さんの文体は簡素で無駄がないのだが、それがなおのこと一層想像力を掻き立てられるのだ。

はもともと書店員が選ぶ本屋大賞よりも、小説家やプロの書評家が選ぶ文学賞のほうが好きである。それでも本屋大賞の功績は大きい。読者を増やし、文学に注目してもらえるにはとても影響力がある。映像化されることもしばしば。

にとっては、本屋大賞に選ばれた2作よりも俄然強く印象に残った。よく考えたら発掘部門に選ばれるほうが素晴らしいことではないだろうか。何十年経っても名作として残り続けるのだから。こういった賞をもっと増やしてほしい。

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