書に耽る猿たち

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『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ/そばにいる人のことを大切に

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『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

文春文庫 2021.1.3読了

 

がようやく手に取ったのは文庫本だけど、ジャケットのデザインも単行本と同じで、2019年本屋大賞受賞作で書店にもうず高く積み上げられていたから、知らない人はほとんどいないだろう。瀬尾さんらしいわかりやすく無垢な文章で、読み終えた後は幸福感が漂う小説だった。藤岡陽子さんの小説を読んだ感覚に似ている。そういえば藤岡さん、新刊出てるよなぁ。

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 17歳の優子は、今までに家族の形態が7回も変わっている。父親は3人、母親は2人いる。そんな優子がどのように今まで生きてきて今の人格が形成されてきたのか、回想するようにして物語は進む。特に第二章は未来を明るくする要素が詰まっていて読んでいて希望が湧く。

尾さんの小説は、昔『幸福な食卓』を読んだことがあり、その時も思ったが「食事」に対する表現がとても上手い。上手いだけでなく美味そう。餃子やオムレツ、ケーキは読んでいるだけで食べたくなってしまう。森宮さん(優子の現在の父親)じゃないけど、食にこだわる人、たくさん食べる人って生きることに一生懸命で人間味もあるような気がする。

間では親がいなかったり片親だったりというだけで同情の目で見られたりするけれど、実は優子みたいに何とも思っていない人(実は心の深いところで傷みはある)も多いかもしれない。周りが勝手に「かわいそう」と決め付けているだけで。両親がいたとしても辛い想いをしている人はたくさんいる。肉親がいるいないではなくて、育つ環境の方が大きいのに。

人が読んでももちろんいいけれど、これは若い人たち、特に学生さんに読んでもらいたい作品だ。登場人物に悪人は出てこない。現実には信じられないくらいの裏切りや知りたくもないことが山ほどあるのに。でもこの小説に出てこないのは、優子の視点で語られるからだ。親たちは大人だから世の中の悪をたくさん見ているはずで、それぞれの親が語っていたらこの清々しさはたぶん、ない。

む人を選ばず、あったかい気持ちになれる作品がやはり本屋大賞になるんだろうと、つくづく思う。私としてはもっと深みを求めてしまうので、少し物足りなく感じるかな…。一つ前に重たいアメリカ文学たちを読んだからかそのせいかも。