書に耽る猿たち

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『球道恋々』木内昇/野球に飢えていたから小説で

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『球道恋々』木内昇

新潮文庫  2020.4.10読了

 

内さんの作品はもう読まないと思っていたのに、わからないものだ。直木賞受賞作『漂砂のうたう』は私にはあまり合わなくて、きっともう彼の作品は読むことはないだろうとタカをくくっていた。そもそも彼ではなくて彼女なのね、それすら今まで勘違いしていた。ごめんなさい。キウチノボリさんと読む。

倍首相が「緊急事態宣言」を発令し、指定された7都府県の国民に、4/8〜5/6の期間は外出自粛を促している。今や新型コロナウイルスの脅威は、世界を震撼させる事態になっている。少し前までは、遅れこそすれど私はプロ野球開幕を疑っていなかった。しかし、もはや今シーズンは開幕すら危うい。何を隠そう私もあるチームのファンで、今年も球場に足を運んだり、テレビでゆっくり観戦したりと楽しみにしていたのだ。

は野球に飢えていたのだ。本来なら今ごろは開幕してすぐの序盤戦を楽しめていたはずなのに。だから、先日カミュの『ペスト』を買った時、すぐ近くの文庫新刊コーナーにこの本が並んでいて、ついつい手を伸ばしてしまった。木内さんか〜、と思いながらも。

置きが長くなってしまったが、本作品は、明治39〜40年代の日本の野球創成期を描いた小説である。出だしは高校野球の話で、先日、春の選抜高校野球中止に涙した球児たちの顔が思い浮かび、妙に思い入れが深くなる。一高(東京帝国大学予科)の野球全盛期が終わり、試合に勝てなくなったため、一高野球部OBの宮本銀平にコーチの話が来るところから物語は幕を開ける。

平は文具新聞の編集長を務めており、実は現役時代は控えの選手に過ぎなかった。しかし野球が好きだからか性格故か真面目にコーチとして取り組み、一高野球部員や他のOB達とともに成長していく。野球部員、一高OBだけでなく、銀平の家族や友人一人一人のキャラクターがとても良い。野球を通して、人生をどう生きるかが描かれており、気づいたら夢中になって読み終えていた。木内さん、面白かったです!

の時代はバントが「ブント」と呼ばれており、送りブントがあり得ない程の卑怯な手だと思われていたなんて、なかなか面白い。今の野球のルールが多岐に渡り、こんなにも戦術深く、こんなにも面白いのは、この時代から試行錯誤があり、日本で野球を広めた方の努力があったのだなと感じた。

物屋(今でいう葬儀屋かな?)の良吉は、たま~にしか登場しないのだが、この小説の中でとても重要なことを話す。

「身体と心は別物に思うんだよ。一緒じゃなくてひとつひとつ別でさ、それが今生でたまたま出会って、乗り合わせた船みたような具合で毎日を過ごしてるように感じるんだよ。(中略)だからさ、生きているうちにちゃんと使うことだよ。せっかく今生で巡り会った身体の力をうまく引き出して、心に添わせてやることなんだよ。俺はね、幸せな最期ってのは、自分の身体をちゃんと使い切って死んだ人に言うもんだと思ってるよ。金持ちとか出世とかそういう通り一遍のことじゃあなくってさ。(123頁)

人にはそれぞれ得意不得意があるけれど、自分の身体の力を引き出して、自分なりのやり方で生きること、それがアイデンティティであり大切なこと。

「その戸田君とやらは、命を掛けられるほど熱中できるものに出会ってるってことだろう。そういう人は、一度や二度の挫折で死んだりしないよ。勝つまでやりたくなるのが人情ってもんさ。(中略)大丈夫だよ。そこまで思いを込められるもに出会えたんだから。そんな宝物のような人生、誰だって簡単に捨てたりはできないよ」(328頁)

宝物のような人生って素敵な言葉だ。自分が夢中になれること、没頭できること、それを見つけられるだけで本当に素晴らしいこと。

 ポーツを題材にした小説ってやっぱりいいなぁ。読後感はなんとなく、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』に似ている。だいたいスポコン小説は体育会系のノリだし展開も想像できるんだけれど、自分も身体を使って汗を流したような気になれる(気になるだけ)し、やっぱり人間は「頭で考える」ことと同じくらい「身体を動かす」ことが大事なんだ、と改めて気づかされる。

コロナウイルス感染拡大の影響で、野球だけでなくスポーツ界全体が延期、シーズン中止に追い込まれている。オリンピックなんて1年延期。一番きついのは、選手たちだ。終息して無事に今までの平穏が戻り、スポーツも楽しめますように。今は国民、いや地球上の全ての人たちで力を合わせて耐える時だ。