書に耽る猿たち

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『倦怠』アルベルト・モラヴィア/欲望の成れの果て

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『倦怠』アルベルト・モラヴィア   河盛好蔵脇功/訳

河出文庫  2020.5.9読了

 

めて読むイタリアの作家だ。先日マンゾーニ氏の『いいなづけ』を読んだ時に、イタリア人作家の本はあまり読んだことがないと気付いたので、早速読もうと。確か小池真理子さんが、影響を受けた小説としてこの本を挙げていた。

怠という言葉から思い浮かぶのは、「だるい」「なんとなくやる気がおきない」という感覚だ。しかしこの小説ではどちらかというと「退屈」であることのほうに重きを置いている。「アンニュイ」も倦怠の意味だと思うけれど「アンニュイな」なんて言うときは魅惑的なイメージがする。

さい頃から倦怠を抱えていた私( ディーノ )は、絵描きを諦めて実家で母親と暮らそうとする。しかし、母親ともソリが合わない。そんな折、チェチリアが現れる。彼女は17歳の情婦だ。性生活だけの関係でお互い愛情はないと感じていたのに、チェチリアの裏切りが発覚してからのディーノは取り憑かれたように嫉妬に狂い、精神錯乱状態に陥っていく。

初の方は、倦怠、倦怠、倦怠、、、とこんなに倦怠という言葉が出てくるのか、と読んでいるこっちが倦怠感に襲われるようだった。中盤からのディーノのチェチリアへの嫉妬や欲望が高まっていく過程は見事な心理描写である。しかし、これは愛情というよりも、独占欲または自分で納得したいが故の行動ではないのか。愛情の表現は人それぞれだということだろうか。この小説に出てくる人物はみな、どことなく感情が希薄で虚無感が漂う。しかしある種の欲望には貪欲だ。

体は全く違うのだが、なんとなく三島由紀夫さんが描くストーリーを彷彿とさせる。というより、チェチリアの話す言葉や反応が三島さんが書く女性と似ているのかもしれない。ディーノと母親との関係性が興味深く、もっと深く突き詰めて知りたいと感じた。

紙の写真から想像するような内容ではない。過去に映画化されたため、そのワンシーンが表紙になっているのだ。もちろん官能的なシーンもあるのだが、これは人間の深層心理をえぐる小説である。