書に耽る猿たち

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『ドルジェル伯の舞踏会』ラディゲ|読み終えて余韻をしみじみと

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ドルジェル伯の舞踏会』レーモン・ラディゲ 渋谷豊/訳

光文社古典新訳文庫 2021.8.2読了

 

はどんなふうにして自分が誰かを愛していると気付くのだろう。フランソワの内に愛が宿った瞬間の描写を読んだときにふと思った。そしてドルジェル伯夫人・マオのそれについての描写でも同様に。マオが自分の恋心に気付くのがこうも遅いとは、鈍感なのか何なのか。自分には愛する夫がいるという錯覚ゆえに気付かなかったのか。

19世紀初頭のフランスで、ドルジェル伯・アンヌ、ドルジェル伯夫人・マオ、青年フランソワの三角関係が、繊細で美しい文体で描かれている。この関係性からは争いごとが起きてもおかしくないのに、3人の関係はむしろ良好である。そしてフランソワの母親も重要な役割を果たしている。

品はこんな風に終わるのか…。この先が気になってしまうところで物語は幕を閉じる。恋愛小説のカテゴリーなのに、愛する者同士がお互いに愛をささやきあったりすることはない。人を恋するまでの心情を、細やかにそして純粋なまでに表現した心理小説である。

の『ドルジェル伯の舞踏会』は、ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』という小説に影響を受けた作品のようだ。人間がもつ愛情(広義の情。友情、親子愛なども)表現と胸の内にある真意について考えさせられた。訳者である渋谷さんの解説を読むと、様々な読み方ができ、解釈も千差万別であるとわかる。読んでいる時よりも、読み終えてしばらく経ってからのほうが余韻が残り、じわりと心に沁みる名作である。

くして夭折したフランスの天才作家ラディゲは、本作『ドルジェル伯の舞踏会』と『肉体の悪魔』の2作のみしか世に残していない。にも関わらず、フランス本国だけでなく世界の様々な言語に訳され、未だに版を重ね続けている。

ディゲの影響を受けた作家は数多くいる。なかでも三島由紀夫さんはタイトルに名前を用いた『ラディゲの死』という短編を残している(まだ未読である)。また『盗賊』という小説は『ドルジェル伯の舞踏会』に着想を得て書かれた。  

己の恋愛だけでなく色々な意味で早熟だったラディゲ。腸チフスで20歳で亡くならなければ、どんな大作を書き上げたのかと思うと悔やまれてならない。そして、ラディゲの才能を見い出し、その関係性も秘密のベールに包まれた天才コクトーのことも知りたいと思った。