書に耽る猿たち

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『神曲』川村元気|身近にいる人を信じられますか

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神曲川村元気

新潮社 2021.12.9読了

 

はダンテの『神曲』を読んだことがない。いつかは読みたいと思っているイタリアの叙事詩だが、いかんせん難しそうでまだ手を出せないでいる。読んでなくても、きっとこの作品は問題ないだろうと思い手に取ってみた。

り魔による小学生無差別殺人事件という衝撃的な場面から幕を開ける。どこかで聞いたような、ニュースで見たような、おぞましい事件。息子の奏汰(そうた)の命を奪われた被害者家族は、檀野(だんの)小鳥店を営んでいる。

せな家庭が突如として絶望の淵になってしまう。母親の響子は、家に現れた宗教団体「永遠の声」にすがるようになる。人は誰しも何か希望につながるものを信じたいもの。この作品は、父親の三知男(みちお)、母親響子、娘の花音(かのん)のそれぞれの視点で3章により構成されている。   

点がこのように入れ替わる作品は数多くあるが、人数が少ない場合はループして同じ人物に戻ることが多い。この小説では、例えば三知男の章は最初の1回だけしかないので、時系列が進んだあとの三知男の本意は想像するしかない。

分が信じているものは色々とあるが、理由もなく信じられるのは家族だと思う。それが、家族すら信じられなくなったらどうだろう。家族にすら本当の気持ちを言えないってどうなんだろう。この作品では「不信」がテーマとなっている。実は今の現代人は「信じるものがない」ことが問題なのではないかと著者は問いかけている。

んご農園で働く準太郎が花音に話すこの言葉がとても響いた。

「好きなものより、苦手なものが一緒っていう方が信用できるのかな」

「苦手なものはなかなか変わらない。でも、好きなものはすぐ変わっちゃうからかも?」(194頁)

確かに好きなものは案外ころころ変わるかもしれない。特に子供の頃なんて、好きな芸能人や好きな食べ物、好きな洋服も遊びもだんだん飽きてしまった。いつの間にか夢中でなくなってしまう。ただし「好き」を超越し「好き」の感情を超えると大切なものになるんだと思う。それが人間であれ、大事な趣味や生きがいであれ。

村元気さんといえば、映画プロデューサーでヒットメーカー(『モテキ』『君の名は。』など)、近年は小説も手がけそれもかなり売れている。若いうちから活躍され、誰もがその名前を見たことがあるはずだ。私は彼の小説は、読まず嫌いというか、深い意味もなくちょっと距離を置いていた。佐藤健さん主演の映画のイメージがあり、軽めの恋愛系だろうなと勝手に思っていたのもある。

も、初めて読んでみて、時代の風潮をすくいとり、現代日本で生きる私たちがいかにも興味を持ちそうな物事がわかりやすい筆致で読みやすく書かれていると感心した。さすが稀代のヒットメーカーだ。売れるものが何かわかっているような。映像化されそうだなと思いながら読んだ。本家本元の『神曲』を読んでからの方が理解は深まったとは思うけれど、この作品を読むのにはそれほど問題はないだろう。