『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄
集英社文庫 2020.7.4読了
書店ではよく目にするが、窪美澄さんの小説を読むのは実は初めてだ。なんとなく学生さんや若い人がターゲットかなと。そして本作はジャニーズの誰か(キスマイの藤ヶ谷くんだったかな?)が主演でドラマ化されており、軽いタッチの恋愛モノだというイメージで敬遠気味だった。
家具職人である32歳の壱晴は、女性関係にやや難あり。そして、過去のある出来事が原因で、毎年数日間声が出なくなるという病がある。だから本気の恋愛はしない。同じく32歳の桜子は恋愛経験が乏しく早く結婚式をしたい雑誌編集会社の営業。父親に難ありの実家を支えて生きている。出会いからの道のりを2人が交互に語っていく。
物語としてはベタなんだけれど、たまにはこういう作品もいい。途中で試行錯誤せずにさらりと読める(立ち止まる作品も大好きだけれど)。窪さんが描く壱晴と桜子それぞれの想いは、恥ずかしさを通り越してしまうほど素直でストレートで、読んでいるこちらがほっこりと優しい気持ちになれるのだ。
結婚式で牧師さんが新郎新婦にかける誓約の言葉。「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻(夫)として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」牧師さんが読むものには、この誓約は漢字で書かれているのだろうか。この小説では、窪さんがタイトルを平仮名にしたことがセンスの良さと柔らかさを感じさせる。
病んでいる時や貧しい時。こういう時は人間の本能もあり、相手に優しく手を差し伸べることができると思う。夫婦の絆が確かめられるのは、もしかしたら、健やかなる時や富める時かもしれない。健やかなる時や富める時には、外から多くの誘惑もあるだろう。それでも変わらずに愛を捧げられることが出来るかどうか。
山本文緒さんの解説によると、この作品は「窪美澄さんの新境地」らしい。本来の窪さんの作品はもっと人間のダークな面が描かれていたり性描写が作中に必ずあるようだ。初めて読んだものが異端なものだったとは。他の作品も読んでみたい。