書に耽る猿たち

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『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴|強烈な個性を発揮する人物らの生き様に惚れ惚れする

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『美は乱調にあり 伊藤野枝大杉栄瀬戸内寂聴 ★

岩波書店岩波現代文庫] 2023.10.21読了

 

山由佳さんの『風よあらしよ』を読んで、伊藤野枝さんの熱い人間性とその生き方に圧倒された。この作品は、故瀬戸内寂聴さんが94歳の時に、ご自身が「今も読んでもらいたい本をひとつあげよ」と問われたとしたら『階調は偽りなり』と合わせて真っ先にあげると述べている。

 

題に「伊藤野枝大杉栄」とつけられているが、続編の『階調は〜』とこの『美は乱調にあり』は対になっている。『美は~』にはあの有名な日陰茶屋事件までが書かれており、なんとなんと大杉栄は最後の4分の1位からしか登場しない。まだ二人のことは序盤じゃないか。だから本当は続けて読むのが正解だよな、と読んでから気付く。手元にない…。でも寂聴さんも続編を書いたのは16年後だというから驚きだ。何かの心のつっかえが取れて書けたんだろうか。

 

性が古い因習から脱却し、自らの足で立ち猛々しく歩き始めたこの時代。そんな時代だったからこそ野枝は、短いながらも太く根を張って生きることができたのだ。

  

傷つくわずらわしさだけを臆病に警戒して事なかれ主義でおろおろ生きてきた。(97頁)

これは辻潤の思いである。ようやくつかんだ安定した英語教師という職や臆病さを捨て、野枝と共に生きる道を選んだ。野枝に翻弄されたと言えるが、実は自分の意志で伸びやかに生きる道を選んだとも言える。

 

藤野枝といえば、辻潤大杉栄という2人の男性との波瀾万丈な恋愛模様というイメージである。しかし背景を知った状態で改めて読むと、周りを固める人物らの個性も輝いている。「青踏」を作り出した平塚らいてふ(明子)の強さ。手紙で愛の言葉を送り続ける木村の男性のしたたかさ。手紙の力だけで女性の心を掴むとはなんたる力量だろう。また、大杉栄らとの四角関係から日陰茶屋事件を犯した神近市子の、みるからに女性の本性を丸出しにした潔さ。

 

聴さんが伊藤野枝に惹かれたのは、彼女の文学的才能よりも、彼女の人生の数奇なドラマそのものであり、関わる人たちの強烈な個性と生き様であったと述べている。まさにその通りだ。

 

聴さんはこの作品の中で「俤」という漢字を多用している。「おもかげ」と読むのだが、今であれば「面影」を使うことが多い。顔の作りが似ていたり佇まいなどの雰囲気がある人を彷彿とさせる意味だ。「俤がある」というのは、なんと憂いを帯びた色気のある表現だろうか。

 

聴さんの小説も好きだが、彼女の筆致が最大限発揮されるのは評伝じゃないかと私は思っていている。岡本太郎さんの母親岡本かの子さんのことを書いた『かの子繚乱』もおもしろかった。田村俊子さんの評伝も読みたいと切に思っている。

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