書に耽る猿たち

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『雪』オルハン・パムク/幸せとは何かを問う政治小説

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『雪』オルハン・パムク 宮下遼/訳

ハヤカワepi文庫 2020.6.30読了

 

3〜4年前に買ったが、何となく読む気分にならずにずっと眠っていた本である。オルハン・パムクさんは大好きな作家の1人だ。トルコの小説で読んでいるのは彼の作品だけだと思う。

人公Ka(カー)は詩人である。政治亡命者としてドイツ・フランクフルトで暮らしていたが、トルコの地方都市カルスで相次ぐ少女の自殺について記事にするために、12年ぶりにトルコへ帰国する。そこで、大学時代憧れていたイペキと再会。政治的な思惑がうごめく街で、Kaが仲裁役となる。政治小説である反面、彼の恋愛物語、人生の幸せとは何かを問う物語でもある。

名はもちろんもっと長いのだが、Kaはこの呼び名で過ごす。半角でK(大文字)とa(小文字)が縦書きの文章の中に一文字で「Ka」と収まる様は、非常に目立つし何か暗号のようにも見える。パラパラとページをめくった時、なんだか異様な感覚を覚えたのはこのせいだったのかもしれない。ちなみに、表紙にある「Kar」は、トルコ語で「雪」の意味だ。

ルハン・パムクさんの最初で最後の政治小説、と釘打たれているように、イスラム原理主義世俗主義などの政治思想が扱われている。正直、半分も理解出来ていないし、読み進めるのに時間がかかったが、何故かパムクさんの文体とストーリーには引き込まれるものがあり、私はこの人の書くものが好きだなぁと改めて思う。いつも表現する「読みごこちの良さ」が肌に合っている。

雪の静かさが神を身近に感じさせる(117頁)

イトル通りに、常に雪が深々と降るカルスの街。ここでKaは失いかけていた詩想を取り戻し、19の詩を作る。詩は、雪の結晶図に対応する。実際にKaが作った詩は作中には出てこないのだけれど、雪の結晶とともに読者がそれぞれの心に思い起こすのだ。

の降り積もる街は静かで真っ白で、そこには純真な世界が広がるように見えるけれど、実際には政治クーデターを始め人間同士の重たいせめぎ合いがある。その静と動の対比が美しく浮き上がるようだ。

ムクさんの作品でまだ未読なのは、『黒い本』と『無垢の博物館』だ。誰でも楽しめる作風ではないかもしれないけど、好きな人はとことんはまってしまい癖になると思う。私はトルコという国が、気になって仕方がない。

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