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『ふがいない僕は空を見た』窪美澄|上を向くしかないんだなって

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ふがいない僕は空を見た窪美澄 ★

新潮文庫 2021.12.11読了

 

そらく窪美澄さんの名前を世間に広めたのはこの作品だと思う。2010年に、収録作「ミクマリ」でR-18文学賞、そして「ミクマリ」も含めたこの『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を受賞、本屋大賞でも2位。R-18文学賞は大人の女性のための文学だから官能小説寄りかなという勝手なイメージしかなかったのだけれど、読んでみてこの作品の持つ世界観と窪さんの才能に打ちのめされた。

描写も多く剥き出しの性が溢れているけれど、ただ官能的な作品ではない。窪さんの描くものには、人を惹きつける力がある。そして、これがデビュー作とは思えないほどの文体と、読者を物語に引き込む圧倒的な小説家だ。

妻とセックスに明け暮れる高校生の斉藤卓巳が主人公の「ミクマリ」から始まり、人妻の里美の想いが赤裸々につづられた「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」、卓巳のことが好きな松永七菜「2035年のオーガズム」、卓巳の友達福田良太が健気に強く生きようと願う「セイタカアワダチソウの空」、卓巳の母親が助産師として逞しく生きる「花粉・受粉」の5章でなる連作短編集である。

きていくこと。生活することの中には、本当に馬鹿馬鹿しくてくだらないものが多い。それでも周りからの目を気にしたり、自分だけが悲劇の真ん中にいるみたいに感じて投げ出したくなることが多い。ここに出てくる登場人物たちもみんな同じ。でもみんな、精一杯生きている。そのどうしようもないものを抱えながら。

太が主人公の「セイタカアワダチソウの空」が1番心に残った。信じるものを見つけるということは、一方で捨てるものも必要だということだと思った。最後を締める章での卓巳の母親の強さ。人の命を生み出す、赤ん坊をとりあげる助産師という仕事が素晴らしい仕事だと思った。そして、5章を全て読み終えた時に、この一連の物語の魂が一つになる。

 

美澄さんの本は、これを除くと読んだのは3冊である。読んだ中では『トリニティ』が一番気に入っていたが、本作はそれを超えて好きになった。思うようにいかない人生の、だけどひたむきに生きる彼らに希望を見い出せる。だれもが「ふがいない」んだから、上を向いていくしかない。

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