書に耽る猿たち

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『天稟』幸田真音/変動する相場と変わらない絵

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『天稟(てんぴん)』幸田真音

角川書店 2020.9.5読了

 

10年くらい前だろうか、山種美術館に行ったことがある。移転後の恵比寿にある今の美術館で、収められている日本画よりもむしろ、都会に突如現れた建物に驚いた記憶がある。経済小説は苦手とするところなのだけれど、この小説は山種証券(現在のSMBCフレンド証券)創業者である山崎種二さんのことを描いた作品であることを知り、ふと山種美術館のことを思い出して読むことにした。

二は根っからの相場師である。相場師とは、株式や不動産、債券、仮想通貨、商品などの取引市場で投資や投機を行う投資家のこと。元々は大阪の米相場から生まれた言葉のようだ。そう、この作品は株式だけの話かと思いきや、種二は元々は米屋を生業としていた。そこから証券会社だけでなく色々な事業へと手を広げていくのだ。

田さんの作品自体初めて読んだが、経済に疎くても、専門用語がわからなくても、すんなり読める。貧困、戦争、災害を乗り越えた激動の時代を駆け巡った人たちの生き様が描かれていて読み応えがあった。

ントリー創業者鳥井信治郎さんを題材にした伊集院静さんの『琥珀の夢』を思い出す。お酒と株価、畑は全く違うのに、なんだか重なる男の人生。成功する人、世に名を馳せる人の生き方はやはり一筋縄にはいかなくて、幼少期から山あり谷ありの紆余曲折の人生、しかし底辺から這い上がる力には凄まじいものがある。

二さんの名前は「世の中に種を撒くようにという願いを込めて、そして種は2粒づつ撒くから二で種二」という由来だ。とても良い名前である。しかし、作中にもさりげなくあるように、自分の撒いた種で良くも悪くも人生は転じるもの。

二が自分の店、回米問屋山崎種二商店を開業した時に、初めて絵を買った。先代繁次郎の趣味である古画蒐集に影響されて絵に興味を持つようになったのだ。それがいずれは美術館を開館することになろうとは。金ではない「心の豊かさ」を日本画に見出した。「お金」は大事だが、それだけではきっと心の安定を保てない。「日本画」を愛でることでバランスを取っていたんだと思う。

れにしても、財を成す人には絵に興味を持つ人が多いように思う。倉敷の実業家であった大原孫三郎もそうだ。西洋画を集めて大原美術館を開館した。種二の生き様に想いを馳せながら、そして今度は日本画をゆっくり観るために、また山種美術館に行こうと思う。