書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『我らが少女A』髙村薫/SNSで作られる虚構

f:id:honzaru:20200430013943j:image

『我らが少女A』髙村薫  ★

毎日新聞出版  2020.5.2読了

 

のタイトルを見て「わーたーしー、少女A🎵」と中森明菜さんが歌う場面を思い出しながら口ずさむ人は、私だけではないだろう。「私が」ではなく「我らが」というのがどういう意味なのか気になりながら読み始める。

木賞受賞作『マークスの山』から始まる合田雄一郎シリーズの最新作であり、毎日新聞に連載されていた。連載時に毎日挿画家を変えて載せていたようで、いくつかの画が作中にも挿入されており美しい。この合田シリーズはどれを読んでも間違いないから、期待しつつそして身構えて読む。髙村さんの小説は少し気合を入れないといけない。こうやって、読者に読む姿勢を整えてから挑もうとさせる作家は少ない。

田朱美という風俗嬢が、同居していた男性に殺害される。この男性の発言がきっかけとなり、殺された朱美が過去の事件の重要人物だった可能性が浮かび上がり、再捜査されることになる。12年前の合田が担当した未解決事件を、東京武蔵野市を舞台にし回想しながら進む。今現在起こる事件についての切羽詰まった動きではないからか、いつもより緊迫感はないが、それが髙村さんの筆致により不気味な影を落とす。10人を超える人物の視点が交差し、少しずつ過去の記憶が捲られていく。

美はもう生きていない。だから、彼女の行動やどう感じていたかは、関わった人の想いから想像するしかない。あくまでも予想だ。この小説では、SNSによる真実性の証明が困難なこと、SNSで広がった人物はいつのまにか別人になってしまうという恐ろしさを物語っている。しかし、そもそも現実の自分のことですら、わからないことが多いのではないかと考えさせられる。

村さんの文章はやはり読ませる力がある。前作『冷血』もそうだったが、今回も犯人を暴くというよりも、登場人物の心情を読者が一緒に追うスタイルだ。その詳細な描写で、心と記憶の隙間を埋め、真実を炙り出す。また、シャッターを押した瞬間の事象をうまく映し出すような手法もまた見事だ。上の空で字を追っていたら…きっと数行でわからなくなる。もう一度戻って読むしかない濃厚な文体。だからいつもより気合を入れることになるのだ。

れにしても、今回の作品では合田しかり、浅井忍という物語のキーになる男性もゲームマニアだ。ドラクエ、モンストやシャドウバース等のゲームの名前が盛んに飛び交い、ゲーマーが熱中する様の描写も多い。想像できないが、意外にも髙村女史もゲームに精通しているのだろうか?ゲーム好きでないとしたら、まさに髙村さんの念入りな情報収集力と表現力に脱帽する。

は、合田シリーズでは『太陽を曳く馬』をまだ読んでいない。福澤シリーズもそうだが、髙村さんの作品は文庫になるのが遅いし何故か順番通りではない。何か大人の事情があるのかしら。今回の合田は57歳、警察大学校で講義をする先生の設定だった。本庁で捜査する刑事である合田の姿をまた見たいものだ。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com