書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー/ウェストーバー家の大きな愛を感じた

f:id:honzaru:20201202082704j:image

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー 村井理子/訳 ★★

早川書房 2020.12.4読了

 

ラさんが偉大な小説家で、読ませる作品を次々と生み出す希代のストーリーテラーなのではと勘違いしてしまうほど、おもしろい作品だった。フィクションではないのに、事実を(それも決して幸せとはいえない過去を)おもしろいと言ってしまうのも何か違うかもしれないけれど、読み物としてそれだけ内容筆致ともに非常に優れているのだ。

者のタラさんは、産まれてから何年も日本でいう戸籍がなく、学校にも通えない、医療も受けられないという家庭で育った。モルモン教を信仰する両親の強い意思のもと、自然の中で特殊な育て方をされた。

くら個性を尊重しよう、常識に囚われるなといっても、基本的なことを知らないと社会で生活することは困難だ。この知識とは、勉学のことよりもむしろ、生活における知恵のような意味である。

ラさんは、例えば「トイレから出た後に手を洗わない」「薬を飲んだことがない」「教科書が何かがわらからない」「マークシートでの回答の仕方がわからない」といったことで、周りから白い目で見られ、戸惑う。それでも、決して屈しないところ、前向きなところは本当に強い。

ラさんは学校には通わなかったが、読み書きなどは母親が講師となり家で教える。ゆくゆくはレベルの高い大学に独自で入学し奨学金ももらうほどになる。一体全体、ホームワークは素晴らしいものだったに違いない。もちろん本来の才能もあったとは思うが。お金持ちで一流大学出身者でも、中身のない人はたくさんいる。

年期と思春期をあのようなワイルドで隔離された環境で育ったこと、両親なりの独特の愛情をもってして人格が形成されたことも「教育」の一つだ。7人の中で1番末っ子のタラさん。お兄さんやお姉さんから影響を受けながらも、助けられた。大学入学を進めてくれたタイラーだけでなく、タラに暴行をしたショーンからも時には温かさを感じることはあった。

ラさん一家を特殊な存在として見てしまうけれど、世界にはまだこういった生活をしている地域はたくさんある。『世界ウルルン滞在記』(懐かしい!)に出てくる原住民の集落なんてそう。殺害されてからちょうど1年経った中村哲さんは、アフガニスタンに用水路を作った。住民は自給自足できるようになり、今までなかった学校ができ、子供たちが学べる環境となった。なんらかの形で教育に携わる人を私は尊敬する。

違いしてはいけないのは、タラさんは「大学は私の人生を変えた」と言っているだけで、決してそれまでが不幸だったとか、辛かったとか、どん底だったとは言っていない。確かに人生を変えたものは「大学」「教育」ではあるけれど、それまでの人生を否定しているわけではない。両親なりに深い愛情を注いでくれたことを理解している。そしてタラさん自身も、家族を大切に思っている。全編を通して、大きな愛を感じた。

のカバーには大きく「Educated=教育を受けた」とあるのに「エデュケーション=教育」と訳されている。それなら「Education」ではないのかなぁ…と思いながら。読む前はそんなどうでもいいことを思っていたのだけれど、この本でいうところの「教育」はもっと深い。読めばわかる。

行と同時に大きく宣伝され、尊敬するミシェル&バラク・オバマ夫妻が絶賛されているからには読まないと。宣伝が先行するこの手のものはがっかりすることも多々あるからそんなに期待していなかったのだが、素晴らしく、素晴らしく良い本だった!