書に耽る猿たち

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『殉教者』加賀乙彦/信仰にはパワーが必要

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『殉教者』加賀乙彦

講談社文庫 2020.12.23読了

 

らの信仰のために命を失ったとされる人のことを殉教者という。キリスト教で使われることが多いが、信仰の対象は決まっていないようだ。タイトルを見るとどうしても遠藤周作さんを思い浮かべる。著者の加賀さんは遠藤周作さんに影響されてキリスト教の洗礼を受けた。

臣秀吉の時代、キリシタン迫害があったことは知っている。フランシスコ・ザビエル千々石ミゲル(読み方が難しいから、社会の授業でも印象的な人は多いはず)の名前は覚えている。しかし、日本におけるキリスト教弾圧、そして布教については詳しく理解していなかった。

在の人物でこの小説の主人公、巡礼者ペトロ岐部キスイのことももちろん知らなかった。日本人で初めて聖都エルサレムを訪れ、ローマで教皇となり、日本に戻り布教に務める。マルコポーロよろしく長い距離を旅したことで有名なようだ。布教活動をする人に対してはどちらかと言えば肉体よりも頭脳を使うイメージだったが、これを読むと凄まじい体力も必要だと知った。信仰にはパワーがいる。

賀さんの多くの作品の中で、この本は登場人物に感情移入したり、心が熱くなったりする小説ではない。どちらかというと、歴史書のような、日本人として知っておくべき史実を学んだかのような教養書に近い小説である。実在の岐部のことは詳細が残っていないのにも関わらずこれだけのストーリーに仕上げるのは、加賀さんの筆力と自らの信仰心ゆえだろう。

んなテーマを取り上げていても必ず読みたいと思う作家がいる。私にとってその中の1人が加賀乙彦さんだ。小説家であり、医師・精神科医でもある彼の描く作品には心打たれるものがある。文体、文章も美しく素晴らしい。かなり前に初読した『宣告』は、今でも私の中でベスト5からこぼれ落ちない大切な小説である。

賀さんはおんとし91歳。今から小説を書き上げることは叶わないかもしれないけれど、彼の生み出した作品は後にも読み継がれるだろうし、そうしなくてはならないと思う。