ハヤカワepi文庫 2021.2.11読了
久しぶりにカズオ・イシグロさんの本を読んだ。この本は2回めの読了だ。イシグロさんがノーベル文学賞を受賞するずっと前、綾瀬はるかさんが同名のテレビドラマを演じるずっと前だから、15年近く前だろうか、イシグロさんの本で初めて手に取ったのが、この『わたしを離さないで』だった。その当時はまだ良さがわからなかった気がする。
ヘールシャムで育ったキャシーは、介護人をもう11年務めている。介護人とは提供者を看る役割だ。そんなくだりから始まる本書は、少しミステリ的な要素もある。ヘールシャムとは何か、提供者とは何か。キャシーが過去を回想するという形で、自らの秘密を少しづつ明かすというストーリーだ。
キャシー、トミー、ルースという3人の男女の関係をその時々で見事に映し出しているが、キャシーが語るそれはどこか違和感が感じられる。本当に3人の仲が良いのか、いぶかしく思ってしまう。これでもかというほど丁寧なキャシーの語り口で綴られる思い出は、異世界の出来事なのに私たちの世界にもありそうな、不気味で怖い気持ちになる。
大まかなストーリーは覚えていたのだが、再読してみて、イシグロさんが考える「郷愁」の想い、「別れ」というものの儚さ、「記憶」の誇張とすれ違いについて深い余韻を残した。イシグロさんの小説は、読み終えて終わりというものではなく、自分の中でどうにかこうにか消化していく時間が必要である。
私が特に好きなイシグロ作品は『浮世の画家』『わたしたちが孤児だったころ』だ。イシグロさんの作品についてはストーリーがどうのというよりも、作品から立ち昇る雰囲気や読み心地が好きなので、読書時間そのものがかけがえのないものになる。たぶんイシグロさんの作品が好きな人なら同じように思っているはず。
来月には、イシグロさんの新作『クララとお日さま』が世界同時発売のようだ。AI friend(人口の友達)がテーマになるという。今度はどんな異世界を見せてくれるのか。うんと楽しみだ。