書に耽る猿たち

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『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年』マシュー・デニソン|特別な能力のおかげで長く君臨できた

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『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年』マシュー・デニソン 実川元子/訳

カンゼン 2022.10.13読了

 

リザベス女王のノンフィクションで、在位70周年間近の2021年に英国で刊行された本である。日本で邦訳が出版されたのは今年の6月だ。エリザベス女王が亡くなられたのは先月のことだから、ほぼ直前までの彼女の軌跡がこの本に収められている。これからまた本当の意味での伝記が出版されると思うが、今現在あるノンフィクションの中では決定版といえるだろう。

ギリスという国が好きである。訪れたこともないのに何がわかるのかと言われそうだが、この好意と羨望は文学から湧き出たものだ。ディケンズモームジョージ・エリオット、クリスティー、そしてP・D・ジェイムズカズオ・イシグロさんなどの現代作家にいたる多くの作家から小説を通して格調高きイギリスと人間の本質を学んだ。死ぬまでに必ず行きたい国の一つである。

直、若かりし頃の女王の写真からは、知性と品と凛とした佇まいは誰もが認めるが、特別に綺麗だとは思っていなかった。しかしご高齢になってからの女王は本当に美しいと感じる。歳をとるにしたがって美しくなるとは、女性にとってこれ以上の喜びはないだろう。亡くなる直前は96歳のおばあちゃんなのに、美しくてかわいくて見ているだけで笑顔になれる、まさに太陽のような存在で世界の象徴であったと思う。

 

少期のエリザベスがいかに天使で可愛らしかったのか、愛情たっぷりに育てられたかが鮮明にイメージできた。両親が公務で家を離れなくてはならないときは祖父母やお付きの人たちが面倒をみる。やはり愛情をもってあたたかく育ててもらったからこそ、のちに国民の母として、広く国民のために心から感じることができ、また多くの人に愛されたのだ。 

年、エリザベスの夫であるフィリップが亡くなった際に夫婦の馴れ初めをうっすら知り得てはいたのだが、13歳の時点からエリザベスが一目惚れをしていたとは驚いた。王室の方は自由に恋愛なんて出来なくて、両親や親戚からのつてで仕方なしに結ばれるイメージだった。初恋の人と本当に結ばれるなんて、そして添い遂げられるなんて、なんと幸せなことだろう。

 

リザベスの長男、現国王チャールズは、幼い時に家族から浮いている存在だったことは知らなかった。父フィリップとは正反対の性格にも関わらず、チャールズの「学校を退学したい」という叫びの声を無視し逆境が強さを培うとして無理に学校へ通わせたり、フィリップとエリザベスが子育てに怠慢だったとは。こうなると、ゆくゆくのチャールズの行動(ダイアナやカミラとの騒動など)を一方的に責めることは一概には出来ないのかな。やはり、愛情を持って育てられなかった代償は大きい。もしかすると、このことはエリザベス女王の人生の汚点だったのかもしれないと感じた。

庭教師であるクローフィーが裏切り行為をしたこと(王室の内情を『王女物語』という連載で雑誌に載せた)には胸が痛くなった。サッチャー元首相、チャールズの元嫁ダイアナ元王妃との不仲の言及にも悲しくなった。ダイアナのことは、メディアを通しての一方的な情報しか知らないからなんとも言えないが、こんなにも王室との確執があったとは。

リザベスのいとこのマーガレット・ローズは「エリザベスは幸いなことに、ある種の心配事を脳の一部に封じこめてまったく考えずにすませ、気分よく幸せに過ごせる特別な能力があるんですよ」と言う。ともすれば冷酷に見えるこの能力であるが、この気質こそが70年という長い在位を務め上げた賜物であろう。

 

が一方的に思い描いていたエリザベス女王とは少し異なる部分も垣間見えてしまい、少し残念な気持ちを抱くこともあった。しかし、女王といえども同じ人間であるのだと、誰にでも失敗や経験がある波瀾万丈の人生なのだ。

学作品ではなくノンフィクションのため淡々とつづられているが、英国の100年の軌跡をエリザベス女王と共に歩めたようで、読んで満足できた。他国の王室のことを知ることもひとつだが、同じく立憲君主制である我が日本の天皇制についても、もっと学びたい、いや国民として知る必要があると考えた。

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