書に耽る猿たち

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『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ|短編を読むのはその作家が好きだから

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夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.5.23読了

 

ズオ・イシグロさんの短編集を読んだ。彼の短編を読むのは初めてである。短編を集めたものではなく書き下ろしの短編が5作収められている。欧米では短編集はあまり売れないらしい(日本でもそれに近いと知って驚く)。イシグロさん自身は「売れ行きのことは気にしない。こういうものが好きな人に楽しんでもらえれば」と言っている。でも短編集を手に取ることは既にその著者が好きで肌に合うのだと思う。こういうものが好き、というよりもその著者が好きだから手に取る。少なくとも私はそうだ。

 

かでも気に入ったのが最初に収録されている『老歌手』である。ジプシーギタリストであるヤネクがベネチアのあるカフェで演奏していると、偉大な歌手トニー・ガードナーに会った。トニーが長年連れ去った奥様に捧げるプレゼントにヤネクが一役買うというストーリーだ。ガードナー夫妻にしかわからない秘密と関係性が大人の哀愁を帯びる。

ニーの歌声ははヤネクにとっても母親との思い出として大切なものだった。二重に奏でられる過去の調べが物語に奥行きをもたらす。カフェで出逢う場面もゴンドラで演奏するシーンも過去のシーンも、全てが鮮やかな情景となり脳裏に映し出される。しっとりと余韻が残る静謐で美しい作品だった。

 

ブタイトルにあるように、音楽と夕暮れが一貫したテーマとなっている。そして男女の(とりわけ夫婦の)危機がうねりと温かさをもって描かれている。全ての作品で最後に主人公は何かを掴む。生きるためには諦めなくてはならないものがあると知るかのよう。イシグロさんの文章からは滲み出てくる何かがあってそれが心地良い。村上春樹さんの短編を読んでいる感覚に近かった。

 

れでイシグロさんの作品で早川書房から邦訳されたものは全て読破したことになる。新たな作品は新刊を待つしかないことが少し残念である。ただ、イシグロさんの本は再読するたびに新たな発見があるし、歳を重ねるたびに良さがわかる作品が多いと思う。何より彼の文体に触れるだけで幸せな気分に浸れるのだ。

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