書に耽る猿たち

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『ロード・ジム』ジョセフ・コンラッド|マーロウの語りからジムを想像する

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『ロード・ジム』ジョセフ・コンラッド 柴田元幸/訳

河出文庫 2021.3.20読了

 

ムという1人の人間のことを、マーロウの視点で描いた壮大なる物語。マーロウといえば、チャンドラー作品に出てくる探偵フィリップ・マーロウが思い浮かぶけれど、ここではチャールズ・マーロウ。柴田元幸さんの解説を読むと、多くの偉大な小説家がコンラッド氏の影響を受けているそうだ。

ムには呼び名がある。ロード・ジム、訳すと「ジム閣下」である。スマトラ島のパトゥザンという街で指導者となり皆に慕われている。しかしジムには絶望の過去があった。転落、絶望の困難を乗り越えて復活したジム。

んだろう、この感じは。決して読みやすくはない(むしろ読みにくい)のに、何故だかマーロウの語りに自分が取り込まれてしまう。何が読みにくいかというと、この構造だろう。最初の数頁を除いてほぼマーロウが誰か(むろん読者にも)に語りかけるというスタイルで、章はすべて会話で始まり会話で終わる(「で始まり、」で終わる、という意味)。そして会話の中でジムやマーロウが話した言葉には二重括弧(『』)で示されている。まぁ、これが慣れるまで本当にやっかいだった。

ムとパトナ船に乗っていた船長らは、乗組員800人を犠牲にして自分たちだけボートに乗り逃げ生き延びた。乗っていた人たちを助けずに。数年前に韓国で同様の事故があったが、自分が当事者で今にも船が沈みそうになったら、自分の命を一番に考えてしまうのではなかろうか。生きている者の本能として当然ではないだろうか。

かし裁判でジムらは船乗りの名誉を剥奪されてしまう。そんなジムにマーロウは助けを差し伸べる。ジムの若さと、真の強さと、どこか放っておけない魅力に取り憑かれたマーロウは、ジムの生きる道を師と仰ぐスタインに相談する。そしてパトゥザンへの道が開かれる。

ーロウが何故こうまでしてジムを気にかけたのか?そしてマーロウの語りによってのみ知ることができるジムとは、本当はどんな人物だったのか?真のジムを知る術はない私たちはマーロウを信じるしかない。物事は、実は誰かのフィルターを通してからしかわからないということをコンラッド氏は伝えたかったのかもしれない。

もが他人を犠牲にして自分を優先したという過去を持っていると思う。それを自身が気付くか、考えるかどうかが、その後の人生をどう生きられるかに繋がるのではないだろうか。長い長い物語であり、理解できたとは到底言えないが、何か心に引っかかる重しを残す作品である。

こか既視感を覚えたと思ったら、河出書房の池澤夏樹編集世界文学全集の中の1冊であり、刊行当時興味を持っていた作品だった。数年経てば文庫になる(マリオ・バルガス=リョサ著『楽園への道』もそうだった)ものもあるから、全集を集めているのでなければ「待ち」もありだ。それにしてもこの文庫本のジャケット、センス良い。