書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/読みたくなる類いの爽快な作品たち

f:id:honzaru:20210113010137j:image

ナイン・ストーリーズ』J.D.サリンジャー 柴田元幸/訳

ヴィレッジブックス 2021.1.14読了

 

リンジャーさんの作品は、どこか爽快なイメージがある。例えその小説が悲劇だとしても。読んだ作品の数はそう多くないのに、ふと思い出した時に読みたくなる類いの作家。正直、読者にこう思わせたら勝ちだよなぁ。文体や文章から立ち昇る雰囲気でその作家の作品が気になるとしたら本物だ。唯一無二の存在になる。日本だと多くの人にとって村上春樹さんがそういう人になるのかなぁ。

リンジャーさんの小説はストーリー性がそんなにあるわけではなく、どちらかというと内容が抽象的で難しい印象がある。長編小説の中からひとつの章を、ある瞬間を切り取ったような感じがする。どうやって書いているんだろう。前後を推測するという作業が読者には必要になる。

の9つの短編もまさしくそうだった。どれも何がいいたいのかは極めて説明が難しく、読んでみないとこの雰囲気はわからないであろう。それでも、何かサリンジャーさんの作品は心にひっかかるのだ。私が印象に残ったのは『笑い男』と『ド・ドーミエ=スミスの青の時代』である。

『笑い男』は、コマンチ・グループという団体に所属している「僕」が、旅長(チーフ)から語られる笑い男についてのエピソードを聞きながら生活をする話だ。こうして書いても、概要すらまったくもってチンプンカンプンだが、サリンジャーさんの作品はたいていそうなのだ。笑い男のことよりも、日常の野球シーンやチーフの恋の行方が気になった。

『ドドーミエ=スミスの青の時代』は、母親をなくした「僕」が、ボビー(母親の再婚者)としがない暮らしをしているとき、美術講師の仕事にありつきそこでの体験を語る話だ。ド・ドーミエとは経歴をでっちあげた「僕」の偽名である。何が真実なのかがわからなくなる、物語の中で迷い込むようなそんな小説だ。それでも読み心地は良い。

の『ナイン・ストーリーズ』という短編集は、新潮社から出ている野崎孝さんが訳したものが有名だ。野崎さんも好きだが、柴田元幸さんの新訳があったので今回読んでみた。あまり見ないヴィレッジブックスという出版社が出している文庫本なのだが、なかなか字体が好みだった。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com