書に耽る猿たち

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『大阪』岸政彦 柴崎友香|大人の芳しい上質な随筆集

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『大阪』岸政彦 柴崎友香

河出書房新社 2021.6.10読了

 

まれ育った街を「地元」という。小さい頃から転勤を繰り返していた私は、どんな環境でもある程度馴染めるという術をおぼえて育った。小学生高学年から一つの地域に長く住んだから、私が「地元」と言えるのはそこだ。

人になってからは、田舎に地元がある人が羨ましいと思うようになった。しかも、うんと田舎であればあるほどである。電車では帰れない、飛行機や船でないと帰れない、そんな不便な場所。そういう地方に住んでいた子の方が地元愛に溢れていた気がする。でも、もしかしたらないものねだりであって田舎に住む子は都心部の子にそれなりの羨望を抱いていたのかもしれない。

の本は岸政彦さんと柴崎友香さんの共著である。対談というわけでもなく文芸誌に交代で載せたエッセイを1冊の本にまとめたものだ。岸さんは大阪に来た人。柴崎さんは大阪を出た人。だから大阪が地元であるという意味では柴崎さんが当てはまる。

2人が大阪のことを大好きなんだな、そして今いる自分は、住む場所も自分を形作っているひとつの要素なんだなと感じた。大阪愛に溢れているとはいっても「大阪好きやねん」という感じではなく、しっとりとした大人の芳香な文章で彩られた上質な随筆集と呼びたい。大阪弁ではほとんど語られず標準語で書かれている。

阪に入ってきた岸さんと大阪から出た柴崎さんでは、同じ大阪でも感じ方や意識が少し異なるように思う。私も大阪には馴染みがある。だから2人が語ることをそれなりに理解できたしイメージもできた。特に柴崎さんは同性であるし共感を覚えやすい。エレカシの熱狂的なファンだったとは。そして東京は木が大きい(巨木が多い)ことに気づく視点がおもしろい。

会学者で大学教授でもある岸政彦さんについては、名前こそ目にしてはいたが彼の書いた文章を読んだのは初めてだ。柔らかい文章を書く方で結構好みの文体だ。奥様のことを「おさい先生」なんて呼ぶなどなかなかユーモラスで、この方が教授なら講義も楽しそうだ。小説も執筆されているようなので読んでみたい。

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