『友情』武者小路実篤
新潮文庫 2021.6.29読了
明治・大正・昭和を代表する文豪、武者小路実篤さんの『友情』を読んだ。もっとうんと昔の方かと思っていたら、亡くなったのは1976年だからそこまで古くはない。なんといっても「むしゃのこうじさねあつ」という名前が強烈で、社会の教科書や国語で習った時から忘れもしない。これ、本名なのがまたびっくり。
野島というまだ女性を知らない23歳の青年が、杉子という16歳の少女に恋し、夢見て、すがり、最後は大失恋をするという物語だ。タイトルが『失恋』ではなく『友情』とあるのは、恋愛の話と同じくらい、いや友情のほうがより大きな題材になっているのだ。野島だけでなく、皆なんと率直で一途でひたむきなんだろう。
杉子の兄、仲田は「恋が盲目と云うのは、相手を自分の都合のいいように見すぎることを意味するのだ」という。盲目になってしまうのは、周りが見えていないからだ。若い頃は自分の思い通りにいかないことに我慢ならないもの。どうしてこんなにも想っているのに、相手は自分を好きになってくれないのだろうと。それも、歳を重ねてある程度の恋愛を重ねると自分なりの決着の付け方がわかってくる。
もし今までに一度も失恋をしたことがない人がいたら、人間の人生における大切な経験をしたことがないとことになる。これは人間形成に重大な欠陥になるのではないだろうか?それくらい失恋って大切なものだと思う。
男同士は、こんな風に恋愛について事細かに語らないものではないか?女性同士ではなんでもかんでも相談するのはよくありがちだけど。仲の良い男性同士でも、相手の彼女や奥さんのことをよく知らなかったりする。とは言え、もしかしたら若いうちはこうやってすべてを話しているのかもしれないなぁ。
文体は簡潔で明るく非常に読みやすい。それなのにこんなにも心に深く迫ってくるのは、誰もが人生のある地点において必ず通り抜ける「恋愛」と「友情」の狭間に悩むからだ。「友達」と「彼氏(彼女)」どっちを取る?なんていう会話すら懐かしい!
文豪の作品を読んでみるか、なんて軽い気持ちだったのだが、やはり名作だけある。最後は大失恋の野島なのに、読んでいて清々しい気持ちになれる良い作品だ。実篤氏の『愛と死』も読んでみたい。